第99話 母親の顔が見てみたい
まるでおもちゃを買う口実を与えられた子供のような眼差しで見つめられた僕に名前で呼ばないという選択肢は存在していなかった。
「わかったよ、紅百合。これでいい?」
正直、もっと照れるものだと思っていたが、クロがずっとそう呼んでいた影響もあって、意外とすんなり呼ぶことができた。
英さん――紅百合もこのくらい大したことなく呼んでみせるのだろう。
「じゅ、純……」
と、思っていたのだが、めちゃくちゃもごもごしながら名前を呼ばれた。
「いや、何でそんなに緊張してるの」
「慣れてないんだから仕方ないでしょ!」
さっきのキラキラした表情はどこへやら。
紅百合が顔を赤くして肩パンしてくる。
「いやー、いいもん見せてもらったよー」
一方、名前呼びを提案した吉祥院さんは満足げな表情を浮かべていた。
「やっぱり二人は仲良くしてるのが似合ってると思うよ」
うんうんと頷いている吉祥院さんの言葉に疑問符が浮かぶ。
「僕達が仲良くしてるとこって、吉祥院さん見たことあったっけ?」
この人が紅百合並に察しが良いということはわかった。
でも、今の発言はまるで僕達が仲良くしている場面を見たことがあるような言い草である。
「気にしないで、厄介カプ厨の戯れ言だから」
「カプ厨?」
「自分の好きな男女のいちゃいちゃを見るのを楽しむタイプの人種のことよ」
「ああ、そういうね」
要するに、ラブコメ漫画の親友ポジションみたいな人ということだろう。
吉祥院さんにはピッタリのポジションである。
「それじゃ、さっそく服でも見に行こうかー!」
「いや、旅行に必要なもの買わなきゃでしょ」
「バカだなぁ、そんなの口実に決まってるでしょー」
チッチッチと一差し指を振ると、吉祥院さんはニヤリと笑ってみせる。
「今回の買い物の目的はみんなで集まって遊ぶためのもの。くゆちゃんは気づいてたよね?」
「まあ、そんなことだろうと思ってたわ」
呆れたようにため息をつくと、紅百合は苦笑する。
「リラと筑間先輩のこともあるものね。こうやってみんなで遊ぶ習慣を作って、旅行での集まりだけじゃなくて定期的に集まるようにしたかったんじゃない?」
「なるほど、いつものグループに筑間先輩を取り込みたかったってことか」
「そゆことー」
元々一学年上の筑間先輩をグループに取り込もうと思ったら学外での集まりを作っていく必要がある。
そこで旅行の買い出しを口実に遊ぶ機会を作り、なし崩し的に筑間先輩をグループに取り込もうという作戦だったわけだ。
この人、なかなかにやりおる。
「やっぱりお嬢様だとこういうの得意になるものなの?」
「まあね。こういうのはママ仕込みだけど」
「まったく、あなたの母親の顔が見てみたいわ」
紅百合も人のことは言えないと思う。
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