第98話 名前の呼び方
意図せず越後さんと筑間先輩を二人きりにできて良かった。
越後さんはまた心の準備ができていなかったのか涙目になっていたけど。
「いやー、ごめんね二人共。本当は二人っきりが良かったよねー」
吉祥院さんは申し訳なさそうに僕達に向けて手を合わせてきた。
「別に気にしてないよ」
「というか、そもそもあたし達付き合ってないからね?」
英さんは半目で吉祥院さんを睨む。
「あはは、私にもそういう顔してくれるようになったんだねー」
「どうせもう気づいてるんでしょ?」
「まーね」
「はぁ……まあ、いっか」
あっけらかんとしている吉祥院さんには英さんも毒気を抜かれてしまったようだ。
英さんが素の自分を曝け出せる友人が増えるのはいいことである。
そして、それは吉祥院さんにとってもいいことだと思う。
前に喫茶店で話したとき、吉祥院さんは自分が関わると碌なことにならないと言っていた。
人間関係で何かがあったのは明白だ。
そんな彼女が僕や英さんのため、トラウマを抱えているのに一歩踏み込んできてくれた。
きっと彼女とも本当の友達になれる。そんな気がした。
「リラはうまくやれてるのかな」
心配そうに英さんが呟く。
「筑間先輩ならうまくエスコートしてくれるんじゃない?」
「だねー。正治さん、そういうの得意だし」
「あれ、吉祥院さんって筑間先輩と知り合いだっけ?」
確か二人は直接の面識はなかったと思うけど、どこかで知り合って仲良くなってたのだろうか。そういえば、筑間先輩も吉祥院さんのことサラッと名前で呼んでたな。
「ううん、ちゃんと話したのは今日が初めてだよー」
「君達はコミュ力のバケモノか」
出会った人類皆兄弟の距離感である。
「私からしたら二人の方が仲の良さの割に他人行儀だと思うけどなー」
「「えっ」」
僕と英さんは同時に声を上げていた。
「ほ、ほら、付き合ってもいないのに名前呼びなんて、ねぇ?」
「そ、そうね。クラスの人達で噂になっちゃったら迷惑じゃない?」
「呼び方のシフトチェンジに失敗したわけね」
あれか。父さん母さんを小さい頃は〝お〟を付けて呼んでいたのに、呼び方を変えるのに失敗して大人になってもそのまま呼ぶしかなくなるやつか。
とはいえ、いきなり名前呼びってのもなぁ。
『わ、わかるぅぅぅぅぅ!』
ここにも呼び方のシフトチェンジに失敗した憐れな三十路の幽霊が……。
『未来じゃリラは普通に純呼びに移行してたし、白君も凛桜呼びなのよね……』
どうやら僕がバスケ部に入ったことは想像以上に人間関係へ変化をもたらしていたらしい。
「でも、名前の呼び方を変えるって何かあったと思われるじゃん」
実際、英さんと越後さんがひと悶着あって仲直りしてああなったわけだし。
「そのくらい別にくゆちゃんなら何とでもなるんじゃなーい?」
「わざわざカバーストーリーを考えるくらいなら無理に呼び方変える必要もないでしょ」
『嘘よ。ただ意気地がなかっただけ』
「それに呼び方くらい別に気にするようなことでもないわ」
『あたしがどれだけ白君を下の名前で呼びたかったことか……』
未来の自分によって酷い暴露が行われていた。
モモの奴、吹っ切れてからは無理に色仕掛けをするのではなく、こういう風に揶揄う方向性に変えたようだ。
いや、あれ揶揄ってるんじゃなくて本音が零れ落ちてるだけだな。血涙流してるし。
「じゃあ、アケビちゃんからご提案だよー! もっと仲良くしてる二人が見たいから名前で呼び合って」
「とんでもないパワープレイ」
強引な人だとは思っていたが、ここまでとは……。
それにいきなり名前呼びは英さんもハードルが高いだろう。
横目で英さんの方を見てみると、何故か彼女はぱあっと顔を輝かせていた。
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