第96話 未来から託された願い

 さて、筑間先輩と二人きりになったはいいもののどうするか。

 筑間先輩は親しみやすい先輩ではある。

 ただこの人は前の時間軸じゃクロの恩人であり、モモの時間軸じゃ僕の共同経営者らしい。


 そう、本来の時間軸に比べて現在は繋がりが希薄すぎるのだ。


「筑間先輩って普段は一緒につるむ男友達とかいなんですか?」

「いくらでもいるぞ。ま、特定のグループってなるとちと怪しいがな」


 僕の質問に答え、筑間先輩は自嘲気味の笑みを浮かべた。


「そういうシロは男友達いないのか?」

「いやぁ、同性の知り合いって筑間先輩か副会長くらいしかいなくて……」

「副会長って、野風のことか」


 あの人野風って名前だったのか。副会長としか呼んでなかったから名前知らなかったんだよなぁ。


「野風はなんつーか……まあ、悪い奴じゃないぞ」

「何ですかその微妙な反応は」

「割と俺も注意される側だからな」


 確かに部活をサボって遊びほうけている筑間先輩と副会長の相性は悪そうだ。


「それより、シロ。旅行の準備ついでに夏服も買うって聞いたが、今持ってる服じゃダメなのか?」

「うーん、別に悪くはないんですけど……」


 部屋にある服はクロの意向が大いに反映された服ばかり。

 僕の趣味にも合っていて悪くはないのだが、やっぱりここはアドバイスをもらいつつも、自分で買った服を着てみたいと思ったのだ。


「せっかくだから気分を変えようと思いまして」

「よし、任せろ。こういうのは割と得意分野なんだ」


 頼りになる笑みを浮かべると、筑間先輩は僕の背中をバシッと叩く。

 そこでふと、クロが残していたらしいノートのことが頭を過ぎる。


「ん、どうした。俺の顔になんか付いてるか?」

「いえ、何でもないです」


 クロのノートに記載された筑間先輩の欄は他の項目よりも圧倒的に文章量が多かった。


・筑間正治(←俺が一番世話になった人)


 ヤケ酒してゴミ捨て場に転がっていた俺を拾って、働けるヘアサロンを紹介してくれた大恩人。


 しばらく部屋に住まわせてくれたし、飯もよく奢ってくれた。

 紅百合と同じ高校出身の一個上の先輩だったらしく、正治さんのバイト先の居酒屋には紅百合がよく来ていた。


 紅百合と出会たのはこの人のおかげだ。この人が俺と紅百合を引き合わせてくれたんだ。


 生活が安定してからも、バイト先の居酒屋にはしょっちゅうお邪魔してた。

 俺をスタイリスト指名してくれる客はだいたい正治さんに紹介してもらった。

 借金についての相談にも乗ってくれて、この人にだけは頭が上がらない。

 だから、無茶な頼みだってことはわかってる。


 もしこのノートを見つけたのなら、未来での正治さんの後悔していることを解決してほしい。


 それはクロが僕に宛てた頼み事だった。

 頼みごとのあとには正治さんが未来で後悔していた事情が記載されていた。

 ルール違反とか言っていたクロがここまで人の事情を詳細に書くということは、それだけ正治さんを救って欲しいという思いが強かったのだろう。


 まあ、英さんとのことに掛かり切りだから余裕がなかったというのが主な理由だろうけど。


「筑間先輩ってもう部活でバスケはやらないんですか?」

「ん? まあな」


 筑間先輩は僕の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも答えてくれた。


「俺とやるバスケは苦しいんだとさ。俺もそう思うしな」


 本来の歴史では、筑間先輩の事情をノートで知った僕がバスケ部に入部して彼の全力でバスケがしたいという想いを叶えるのだろう。


 だけど、今の僕にその選択肢は存在していなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る