第83話 だって、紅百合はモモだから
僕が闇落ちなんてするわけない。
そう告げた英さんの表情は自信に満ちており、欠片も僕の堕落を疑っていなかった。
「その反応を見るに図星みたいね」
『っ!』
モモは表情を歪めるばかりで何も言わなかった。沈黙は肯定と同じである。
「大方、マスクは感染症が流行ったときに無料配布、稼いだお金も災害とかの募金に回してたんじゃない?」
『我ながら背筋が寒くなるわね……』
英さんの推理は的中していたようで、モモも戦慄していた。
「問題はなんであんたがそんなしょうもない嘘をついたか」
思えば、英さんはずっとモモのことを疑っていた。
モモに悟られないよう、うまく情報を集めて整理していたのだろう。
とどのつまり、英さんは初めから僕が闇落ちするなんてこれっぽっちも疑っていなかったのだ。
「目的は白君に問題意識を持たせること。自分が闇落ちするなんて未来のあたしから聞かされれば、そうならない方法をあんたから聞いた未来を元に考えるでしょうね」
『…………』
モモは英さんの推理に口を挟むでもなく淡々と聞いていた。
「だから、このノートが邪魔だった。クロに導かれた白君はさぞあたしに不都合な方へ導かれたでしょうね」
「不都合な方?」
「白君、仮にあなたが自分の大切な人が大変な目に遭う未来を知ったらどうする?」
「そんなの助けるに決まってるじゃん」
「そうよね、白君はそうするでしょうね」
当然だ。大切な人が困っているなら助けるべきだ。どうして英さんはそんな当然のことを聞くのだろうか。
「さも、白君のせいで自分が不幸な未来に辿り着いた。そう言えば、白君が他の有象無象に気を取られないとでも思ったんでしょ」
「待ってよ! それじゃモモは――」
「自分勝手な感情で救える人を見捨てたってことになるのかしらね」
「英さんはそんな人じゃないだろ!」
思わず、声を荒げてしまった。
あの英さんが苦しんでいる人を見捨てるなんてあるわけがない。
「あなたはあたしを良い方に解釈し過ぎよ」
苦笑すると、英さんは僕に言い聞かせるように告げる。
「あのね、白君。仲良くなって忘れてるかもしれないけど、本来の歴史じゃあたしはリラを罠に嵌めて破滅させたクズよ」
「あれは越後さんだって悪かったって反省してるじゃないか!」
「ええ、そう。リラも悪い。けど、あの子の性格や行動パターンすら織り込んであたしはリラの未来を壊した。毒親にも負けずに、努力を続けて女子バスケ日本代表になる輝かしい人間の未来をね」
『……っ!』
モモが今にも泣きそうな表情を浮かべる。それは話している英さんも同様だった。
それは、英さんにとっては過ちの告白だった。
あのときは鬱陶しい邪魔者を排除しようとしていただけかもしれない。
それが今となっては、過酷な家庭環境に置かれた親友を更なる地獄へ突き落す行為だと理解してしまったわけだ。
いじめはいじめた方が百パーセント悪い。誰でも知っている常識だ。
でも、いじめっ子のトラウマを刺激し、わざといじめられるように仕組み、手を出した瞬間に吊るし上げる行為は果たして被害者と言えるのだろうか。
「英紅百合って女はね……あなたが思うように性根は優しいかもしれないけど、性格はべらぼうに悪い女よ。それが悪化した未来の姿がそこにいるモモってわけ」
『あんたに何がわかるのよ!』
「わかるわ。だって、
その言葉には、悲しいほどに未来の自分への失望が込められていた。
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