第82話 未来じゃスーパーカリスマインフルエンサー
リラが女子バスケットボール日本代表選手になった。
友達として喜ばしいことだ。
「友達、か……」
飲み終えたビールの缶を床に置き、空になったチー鱈の袋をゴミ箱へと投げる。入らなかった。まあ、いいや。
転がっているペットボトルや空き缶を蹴飛ばして部屋の隅へと追いやる。
実家を出ると、どうしてもいろんなことが雑になってしまう。
元々家ではいい子にしなければいけないという癖が抜けなかったこともあって、開放感から来るダメ人間化が加速してしまっている気がする。
配信活動で生活費を賄えるようになってしまった以上、実家に残る選択肢はなかった。
数年ニート状態で活動させてくれてたこともあって、すぐにでも自立したかったのだ。
動画投稿からコツコツゲーム実況を始めて大学生のときにやっと活動が軌道に乗った。
「……頑張らなくちゃ」
あたしは元の歴史じゃ大企業に就職して精神を病んで自ら命を絶つまで追い詰められた。
それがこうして悠々自適に過ごせているのだから、未来は良い方に変わった。
良い方に変わっていなきゃいけないのだ。
「明日も曇りか……」
外に出る気もない癖に学生時代からの癖でつい天気予報を見てしまう。
あの頃は傘を忘れないように常に気を配ってたっけ。
「ん?」
ため息をついて想いにふけっているいると、スマホに通知が来る。
[コラボの打ち合わせ:睦月さん]
「やっば、打ち合わせの時間!」
急いでパソコンを立ち上げて通話部屋に入る。
すると、そこには既に睦月さんがいた。
「もしもし、睦月さん! 遅れてごめんなさい!」
『紅百合ちゃん、また飲んでたの?』
「打ち合わせ前だってことすっかり忘れてて……」
『また凛桜ちゃんのこと考えてたんでしょ』
「あはは……睦月さんには敵わないなぁ」
リラとは大学生になったときも定期的に遊んでいた。
純とあたし、凛桜……それに正治さん。遊ぶときはいつもこの四人だった。
大学生になったリラは実家から逃げるように、白君の家にかなりの頻度で遊びに行っていた。ちょっとはあたしに遠慮しろ、なんて彼女の家庭事情を思えば口が裂けても言えなかった。
「リラとはちょっと気まずくなっちゃって……」
『白君とのこと?』
「ええ、まあ……」
土砂降りの雨の中、あたしに謝り続けるリラの顔は今でも鮮明に思い出せる。
人の心理を利用して人間関係を円滑にすることはできるのに――どうして、心を許せる親友相手だとうまくいかないのだろうか。
「そもそも白君も白君ですよ。あたしを幸せにするって言った癖にあたしから離れるなんて……」
『彼なりに紅百合ちゃんを思っての行動なのはわかるけどねぇ……』
白君の行動には睦月さんも苦笑するしかないようだ。
「ま、白君の頑張りはネットで簡単に終える分ありがたいですけど」
白君は動画投稿者――
在学中にギャンブルで増やした資金を元手に正治さんと共に企業。
それと並行するように動画投稿者となり、潤沢な資金運用を利用した企画を行ったり、様々な企業から案件をもらいつつ人気を伸ばし、稼いだお金でいろんな人への支援を行っていた。
二人の会社名は
ユーチューバーとしての名前はシロしゃちょー。正治さんの方はそのままでショージだ。
世界的な感染症が流行ったときは自社ブランドのマスクを大量に作り、それを無料でたくさんの人へと配った。現在は息苦しくないオシャレなマスクとして人気の商品だ。
災害の際は必要な物資の支援や募金を行い、インフルエンサーの中でもトップクラスの聖人と呼ばれている。
登録者数もあっという間にあたしを抜いてしまい現在は五百万人。驚いたが、同時にうれしくもあった。
「……本当に白君はすごいですよ」
『そうね。惜しむべくは凛桜ちゃんのヒーローになってくれなかったことかしら』
残念そうに睦月さんが深いため息をつく。
仕方のないことだ。
クロのノートにはクロの時間軸で起きることしか記載されていない。
凛桜に関しては、あたしとの揉め事以外に書かれている項目はないのだ。
そう、白君が凛桜を救うにはあまりにも情報が少なすぎたのだ。
むしろ凛桜は自分の夢を叶えて華々しい人生を歩んでいる。白君からすれば救わなければいけないほど問題があるとは思ってもいなかったのだだろう。
「あいつ、普段はあたしたちのことにすぐ気がつく癖に、色恋沙汰が絡むと途端にポンコツになるんですよね」
『あっ、もしかして今の自己紹介?』
「睦月さんも結構言うようになりましたよね……」
この人の完璧美少女の仮面も歳と共にはがれていった。どちらかというと、今の彼女の方が人間味があって好感が持てる。
『
「東大現役合格をセクシー女優の肩書きに使うなんて考えましたよねー」
『最初は親が人様に言えないような世間体の悪い職に就こうと思ってたんだけど、やってみると意外と悪くないのよね、この仕事』
世間体こそあまり良くはないが、睦月さんはセクシー女優という職業に誇りを持っていた。
SNSではファンから暖かい応援の言葉をもらえることもあり、本質的にはあたし達とあまり変わらないのかもしれない。
『ちゃんと誇りを持てる仕事で私も腰の振りがいがあるわ』
「何だかんだで性格良いですよね、睦月さん」
まったく、あたしとはどこで差が付いたのか。
まあ、ある意味睦月さんは母親を反面教師にしていたことも大きかったのだろう。
『凛桜ちゃんには迷惑かけちゃうけどね』
「ネットじゃリラのアンチがこぞって姉妹説立ち上げてますけど、やっぱり公表する気はないんですよね」
『ええ、あの子の歩む未来に私はいらないもの』
そう告げた睦月の声音は実に晴れやかだった。
吹っ切れたようにも聞こえるその言葉に、あたしは返す言葉もなく愛想笑いをすることしかできなかった。
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