第79話 姉妹の差

 別にスピーカーモードにしているわけでもないのに、その声は生徒会室に響き渡った。

 越後さんの顔からは血の気が引いており、尋常じゃない様子だということが窺える。


『試験前で部活もないのに何でまだ帰ってこないの!』

「あの、お母さん? 友達と勉強会、してて……」

『嘘おっしゃい! あんたが勉強なんてするわけないでしょ!』


 電話相手であろう母親は越後さんの話なんてまるで聞いちゃいなかった。


『まったく、少しはお姉ちゃんを見習いなさい!』


 そして、その言葉で越後さんがどうして生徒会長と複雑な関係になったかがわかってしまった。

 周囲に比較され辛いこともたくさんあっただろうに、最も越後さんを追い詰めていたのは母親だったのだ。


「お、お姉ちゃんも、その、一緒に勉強見てくれてて」

『すぐわかる嘘はやめなさい! まったく、どうしてあんたはいつも……』

「凜桜ちゃん、代わって」


 ゾッとするほど冷たい声を出した生徒会長が即座に越後さんの手から携帯を取って電話に出る。


「あっ、もしもしお母さん?」

『あら、睦月ちゃん』

「凜桜ちゃんの言ってたことは本当よ」

『何だそうだったの~。もうあの子ったら最初からそう言えばいいのに~』


 生徒会長が出た途端に越後さんの母親は猫撫で声でそんなことを宣った。

 その瞬間、ブチッと何かが切れる音がした気がした。


「凜桜ちゃんは言ってたよー? もうお母さんったらおっちょこちょいなんだから」

『あら、そうだったかしら? まあ、私にだってそういうときはあるわよ~』


 声音は努めて穏やかなものであるはずなのに、生徒会長の表情は見たことがないほどに怒っていた。

 こめかみには血管が浮き出ており、かっ開いた目は瞳孔までもが大きく開いている。


「それより、凜桜ちゃんのことだけど私に任せてくれる? 生徒会室なら試験前でも勉強教えられるし」

『えー、あなた受験生なのに凜桜なんかに時間割いて大丈夫なの?』

「ええ、人に勉強を教えるのって自分のためにもなるものだから」


 そこで言葉を区切ると、生徒会長は再びゾッとするほど冷たい声音で告げた。


「それとも、お母さんは私が信じられない?」

『うふふ、そんなわけないじゃない~。わかった。凜桜のことは睦月ちゃんに全部任せるわ』

「ええ、任せてちょうだい」


 最後にそう言って生徒会長は電話を切って越後さんへと携帯を返した。


「凜桜ちゃん。お母さんは黙らせたから期末試験まではここで勉強していきなさい」

「えっ、あっ、うん……」


 越後さんもこんな状態の生徒会長は初めて見たのか、呆然とした様子で頷いていた。

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