第75話 手の届かないところに置かれた豪華景品

 越後さんが酸素不足の金魚のようになっていると、寝ぼけ眼を擦りながら吉祥院さんが登校してきた。


「ふぅあぁ……はよー」

「おはよう、吉祥院さん。眠そうだね」

「……ちょっと悪夢見ちゃってねー」


 ムニャムニャと、か細い声で挨拶を返す吉祥院さんはどこか疲れた様子だ。

 それから、そのまま自分の席に着くと、机に突っ伏して動かなくなった。


「寝かせてあげましょ。期末試験も近いんだし――」

「期末試験!?」

「うわっ、ビックリした……急にスイッチ入るじゃん」


 先ほどの死にかけの状態が嘘のように、吉祥院さんは目をかっ開いて飛び起きた。そんなに期末試験に不安を抱えているのか。


「試験終わったら、何して遊ぼっか!」

「ダメだ、この人終わった後のことしか考えてない……」


 迫りくる期末試験に慌ているのかと思いきや、吉祥院さんはその後の夏休みのことしか考えていなかった。


「言っておくけど、吉祥院さんってこの前の中間試験で学年二位だからね?」

「その見た目で!?」

「シロ君にだけは言われたくないなー」


 僕に言われたのが癪だったようで、吉祥院さんは不満げに唇を尖らせる。


「ま、待って……このグループってウチ以外みんな頭いい?」


 越後さんの言葉でふと、全員の成績を思い返してみる。


 英紅百合、学年一位

 吉祥院朱実、学年二位

 白純、学年五位


 確かにグループ内には成績上位者が固まっている。

 とはいえ、僕の学年五位は英さんの試験問題予想あってのものだから純粋な実力とは言い難い。

 英さんマジで試験問題そのものを軒並み的中させてたからなぁ。


「あたしは別に順位とか気にしたことないけどね」


 絶対に嘘だ。何なら英さんほど順位に固執している人もいないだろう。


「確かに順位とか気にしたことないかもー」

「気がついたらその順位だったって感じだよね」


 僕の場合は成績自体は気にかけているが、そこまで上位に固執しているわけではない。

 受験の時期になったときに困らないための学力が欲しい。もしくは指定校推薦を狙える成績が欲しいのだ。


「くっ、勉強できる奴はこれだから……」

『リラの場合はしょうがない部分もあるのよね』


 ぐぬぬ、と歯を食いしばっている越後さんを見て、モモは憂いを帯びた表情を浮かべていた。

 そろそろ未来で越後さんと筑間先輩に何があったか教えてほしいところである。


「それじゃ、期末試験で50位以内に入れたら私が夏休みの旅行をプレゼントするよー」


 そんな中、吉祥院さんが高校生にとって魅力的な提案をしてきた。


「場所はうちの別荘でどう?」

「吉祥院さん、別荘持ってるの!?」

「私じゃなくてお父様がね。私が強請れば基本使わせてくれるよ」


 何か金持ちで娘に甘い父親像が簡単に想像できた。

 きっと吉祥院パパは娘のこと溺愛するタイプなんだろうなぁ。


「五十位以内……」


 豪華なご褒美が目の前に提示されたというのに、肝心の越後さんは絶望的な表情を浮かべていた。


「ありゃ? ちょっとはやる気出ると思ったんだけど」

「手の届かないところに置かれた豪華景品に喜べるほど子供じゃないから」

「ちなみに越後さんの前回の順位は?」


 確か前回は英さんと僕の授けた裏技で全教科五十点前後は取れていたはずだ。……平均的は最初の中間試験ということもあって、どの教科も七十点以上だったけど。


「216人中153位」

「よーし、解散!」


「「解散!」」


「待って見捨てないで!?」


 結局、今回も越後さんの勉強の面倒を見ることになった。

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