第61話 モモ

 それから一向に目を覚まさない現代の英さんが心配になったので、未来の英さんが乗り移ったという一階まで様子を見にいった。


「マジでいた……」


 英さんは玄関にめり込んだ状態で気を失っていた。……これ、外から見たら壁尻状態なんだろうな。


「英さん、大丈夫?」

『…………』


 声をかけてみるが、反応はない。

 物理干渉ができない以上、起こすのは難しいだろう。


「自然回復を待つしかない、か」


 改めて体内から弾き出されて自由に動き回れた僕がおかしかったんだと理解させられた。

 このまま意識が戻らないなんてことはないと思うけど、できれば今後は未来の英さんが憑依する状況は避けてもらいたいところだ。


 壁尻状態の英さんを放置することを心苦しく思いつつも、僕は階段を上がって部屋に戻った。


「ただいま」

「おかえりー、こっちのあたしの様子どうだった?」

「まだ目を覚ましそうにないよ」


 二階の部屋に戻ると、英さんはノートを鞄にしまっていたところだった。

 どうやら、過去のノートを見返して記憶を整理していたらしい。


「ていうか、現代の英さんと未来の英さんってややこしいんだけど、何かあだ名とかそういうのないの?」

「ならちょうどいいのがあるわ」


 ふふん、と自慢げな表情を浮かべて英さんは告げる。


「今後はモモって呼んで」

「モモ?」

「あたし、未来じゃ〝美桜みさくらモモ〟って名前で配信活動してるの。これでも結構ガッツリ稼いでるのよ」


 配信っていうと、動画投稿サイトでゲーム実況者がやっているような奴だろうか。

 あれってまともな収入にはならなかったような気がするんだけど……まさか。


「苦労、してるんだね……」

「ちょっとちょっと! 勝手に人をエロ系配信者にしないでくれる!?」


 どう考えてもいかがわしい有料サイトで配信しているとしか思えないだろ。


「違うんだ」

「違うわよ! 普通にゲーム実況と雑談メインでやってるわよ!」

「いやいや、そんなので暮らしていけるわけないじゃん」

「未来じゃ広告収入とか、グッズとか、案件配信とか、スーパーチャットとかいろいろ稼ぐ方法はあるのよ」


 そういえば、昔クロがVtuberがどうのこうのとか言ってた気がする。配信者が稼げる職業になったのと関係があるのだろうか。


「要するに、あたしは未来じゃスーパーカリスマインフルエンサーってわけ」

「何か響きだけ聞くとバカっぽいなぁ」

「はっ倒すわよ」


 とにかく、英さん改め〝モモ〟は未来じゃ一般企業に就職するわけでもなく個人事業主である配信者という職を選んだということだ。


「ちなみに、他のみんなはどうなったか知ってる?」


 あまり考えたくないが、もしも現段階ですでに未来が変わりつつあるのなら今後どういう影響を及ぼすかの参考になる。聞いておいて損はないだろう。


「まあ、高校の同級生の近況は一通り把握してるわ」

「さすがモモ」


 このスキルがあったからこそ、そのよくわからない配信業界でも成り上がれたのかもしれない。


「交流があるのは生徒会長かしらね」

「えっ、意外」


 生徒会長、越後睦月。越後さんのお姉さんで天然の完璧美少女。

 クロのいた未来じゃAV女優になっていたとのことだが、この時間軸ではどうなっているのだろうか。

 彼女のことを間違えてゴム付き先輩だなんて呼んでしまったこともあったが、それも今ではいい思い出だ。いや、いい思い出ではないな、うん。


「生徒会長とはたまにコラボ配信をしてるわ」


 なるほど、職業上の交流か。どうやら、生徒会長も配信者になっているらしい。


「未来が変わってAV女優じゃなくなってる!」

「そうね、未来じゃAV女優じゃなくてセクシー女優っていうのよ」

「違う、そっちじゃない」


 何でAV女優の呼び名の方が変わってるんだよ!


「ちなみにデビュー作の〝エッチゴム付き様、待望の生ハメ27時!?〟は名作って言われてるわ」

「三時間伸びてる!?」


 どんなバタフライエフェクトだよ。


「そもそもAV女優って表舞台に出てきていいの!?」

「配信に表も裏もないわよ。未来じゃセクシー女優も生配信する時代なの。ま、あたしが妹の友達で後輩だったってこともあって向こうからコラボのお誘いがあったのよね」

「どんな配信したの?」

「美桜恋愛研究所っていう、リスナーからお便りを募集して恋愛相談に乗る企画よ」

「ま、まともだ……」


 何というか、そういうラジオのコーナー的なこともするんだな。未来で栄える配信業界って案外面白いのかもしれない。


「現国の小山内先生は?」


 クロのいた未来じゃ生徒に手を出して捕まった小山内先生のことは地味に気がかりだった。バタフライエフェクトもある。

 きっと、真面目な教師人生を貫いていることだろう。


「安心して、ちゃんと捕まったから」

「どこに安心できる要素が?」


 何でこういうところにはバタフライエフェクトが発生しないのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る