第60話 汚いなさすが英さんきたない

 闇落ち。

 日常会話じゃあまり聞かない言葉だ。

 でも、言葉のニュアンスから僕の未来が望ましくないものになっていることは理解できた。


「一体、僕に何が起きるんだよ」

「簡潔に言うと、金の亡者になっちゃう」

「Oh……」


 その一言だけで自分がどう闇落ちしたのかが容易に想像できてしまった。


「最初はさ、よくない未来を変えるために頑張ってたんだよ。でも、段々とそっちばっかりに集中しちゃってさ……疎遠になっちゃったんだよね」

「未来を変えられることの全能感に酔っちゃったわけか」


 英さんの語った未来には説得力があった。

 実際、英さんと越後さんの事件を防げたときは高揚感を覚えた。

 それが肥大化していき、未来を自在に操れるなんて思い上がってしまうこともあり得ないわけじゃない。


「ちなみに、僕は何をやってたんだ?」

「大学生のときに起業してベンチャー企業の社長やってるわ」

「えっ、マジ?」


 その未来はあまりにも予想外過ぎた。


「予想外って顔してるわね」

「そりゃ自分が社長やってるなんて想像できないよ」


 僕は人の上に立つような器ではないし、特にこれといった長所もない。そんな僕が一企業の社長をやれてしまうなんて考えられないのだ。

 会社を立ち上げてしまったというこの事実に、別の意味で恐ろしくなってしまう。

 自分に経営能力があるなんて到底思えない。


 そんな人間が起業して成功できるのか?

 そもそも、そんなお金はどこから?


 疑問が疑問を呼び、僕の頭の中は混乱で埋め尽くされる。


「それだけ聞いてると闇落ちなんて思えないんだけど」

「会社を立ち上げるときのお金が未来の知識を利用してギャンブルで得たお金って聞いても?」

「えっ」

「他にも会社を大きくするために、白君は未来の知識を利用していた。世界的な感染症が広がる前から大量にマスクを用意したり、バタフライエフェクトの影響が少ないところを狙い撃ちにしていたわ」


 要するに、金儲けのために未来知識を利用するようになってしまったというわけか。

 クロからいろいろ未来のことについて聞かされてはいたけど、そんなに覚えてないんだよな……何かのきっかけで思い出すのだろうか。


「おかげであたしとも疎遠になっちゃってね」

「僕は英さんに告白しなかったのか?」

「ええ、されなかったわ。いや、あたしもしてないから人のこといえないけど……」


 お互い告白しなかったら何の進展もあるわけもなく、ただの友達のままだったのだろう。

 気まずい沈黙の後、堰を切ったように叫んだ。


「ええ、あたしはヘタレよ、ヘタレですよ! 告白待ちばっかで何もしなかったわよ! でも、仕方ないじゃない! 告白は死ぬほどされてきたけど、告白したことはなかったんだから!」

「僕だってないよ……」


 好きな子がいた経験はあっても、クロに揶揄われたこともあってそのまま諦めて終わりのパターンが常だった。

 今思えば、あれは僕の気持ちが英さん以外に向かないようにしていたのだろう。本当に英さん大好きだな、あいつ。いや、僕もだけど。


「そういうわけで、あたしは白君を救いたい。友達や好きな人との関係を切り捨てて金の亡者になるあなたは見ていられないの」


 英さんの瞳は強い意志を宿していた。それは、未来で僕を闇落ちさせてしまったことを後悔しているからなのかもしれない。


「だから、白君にはあたしと付き合ってもらう。それがあたしの未練を晴らす方法よ」

「それ、は……」


 その気持ちには答えたい。でも、いいのだろうか。

 迷っている僕を見て、英さんは悪戯っぽく笑って告げる。


「さて、ここでクエスチョン。誠実で真面目な白君は、この時代のあたしの気持ちを知った上で告白待ちなんて不誠実な真似はしないわよね?」

「汚いなさすが英さんきたない」


 このやり方、間違いなく英さんだ。

 本当にズルくて、優しくて可愛い、僕の好きな人のやり方だ。

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