第59話 闇落ち

 僕の言葉を聞いた瞬間、英さんはピタリと動きを止める。


「何言ってるの白君。あたしは正真正銘、英紅百合よ」

「だろうね。ところで、何年後の未来から来たの?」

「さすがに経験者は誤魔化せないか……」


 深いため息をつくと、英さんは観念したように僕から離れる。


「十四年後の未来からよ」

「じゃあ、クロと同じか」


 十四年後ということは僕も英さんも三十歳になっている年だ。クロもその年代からやってきていた。

 さて、クロと同じということはだ。


「英さん、また死んじゃったの? ヌペランカーじゃないんだから……」

「誰がヌペランカーよ! あたし視点じゃこれが初めてよ!」


 クロのいた未来でも、英さんは亡くなっていた。それに加えて今回は英さん自身がタイムリープしてきている。亡くなった後に未練があってこの時代にやってきたと見るのが正しいだろう。


「ところで、英さんはタイムリープで意識が上書きされた感じ?」

「いや、クロと同じパターンよ」


 クロと同じということは、幽霊として英さんに憑りついているということだろうか。

 だとしたら、現代の英さんの意識は外に弾き出されているはずだ。


「じゃあ、この時代の英さんはどこに?」


 辺りを見渡しても英さんはいない。入れ替わったのが直近なら近くにいるはずなんだけど……。


「あー、たぶん一階で気絶してるんじゃない? 体質的に霊感が強い白君と違って憑依の衝撃に耐えられなかったみたいだし」

「僕って霊感強かったんだ……」


 ここに来て衝撃の事実の発覚である。


「でも、他に幽霊とか見たことないんだけど」

「幽霊との縁や幽霊の格によって見えたり見えなかったりするらしいわ。大学生のときに心霊スポット連れてかれて高熱出してたし、あんまりそういうところに近づくのはおすすめしないわね」

「貴重な情報をありがとう」


 今後、絶対心霊スポットには行かないと心に誓った。


「とにかく、現代の英さんが起きたら今後について話をする必要があるね」

「いや、その前に白君に話しておくことがあるわ」


 いつもの冗談を言う雰囲気ではないので、僕は姿勢を正した。

 英さんは僕の目をまっすぐ見ると口を開く。


「白君、あたしはあなたが好きよ。リラとのいざこざを解決してくれたあのときからずっとね」

「へあ?」


 突然の告白に間抜けな声が零れ落ちてしまった。

 大胆な告白は女の子の特権とは言うが、ここまで唐突に告げられると戸惑いの方が勝ってしまう。

 それに越後さんのいざこざのあとからということは、現時点で英さんは僕を好きということになってしまう。


 好きな女の子が自分を好きだったという事実。


 それはこの上なく嬉しいことではあるが、その気持ちを先んじて知ってしまうということは不誠実な気がしてしまったのだ。


「えっ、何だっ――」

「はーい、鈍感主人公は禁止」


 一旦聞かなかったことにしようとした瞬間、逃げ道を塞がれてしまった。


「そうやってあんたがヘタレるからあたしが時をかける少女になっちゃったんでしょうが」

「少女とは」

「はっ倒すわよ」


 いや、だって中身三十歳だし……。


「とにかく、あたしの未練を晴らすには白君と付き合う必要があるの。この時代の白君があたしのことを好きだったってことはもうわかってるのよ。さあ!」

「さあ、じゃないんだよ。それこそ現代の英さんが起きてからするべき話でしょ」


 英さんは、刑事が犯人を問いつめるようなテンションで僕に迫ってくる。

 何年経っても強引なところは相変わらずのようだ。未来の僕も苦労していることだろう。


「ちなみに、英さんの未練って?」


 早々にこの話題を打ち切るため、僕は英さんがどうしてこの時代に来てしまったのかを訪ねることにした。

 すると、英さんは表情を曇らせて振り絞るような声で告げた。


「……あなたの闇落ちを止められなかったことよ」

「闇、落ち?」


 一難去ってまた一難。

 どうやら、僕も英さんも人生順風満帆とはいかないようだ。

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