第37話 そりゃルール違反


「相変わらず、気持ち悪いくらいに察しがいいな」

『ハッ、何てたって俺はお前なんだからな』


 僕とそっくりの顔でニヤリと笑う姿は何とも不気味だが、どこか頼もしさを感じてしまうのは何故だろうか。


「お前、英さんの家庭事情知ってるだろ」

『ま、概ねな』

「じゃあ、英さんがどうして家でも猫を被っているのか知ってるんじゃないか」


 英さんのお母さんは優しい人で、何なら猫を被っているときの英さんとそっくりだ。

 別に英さんが、わがままで寂しがり屋な性格だったところで幻滅したりするような人には見えない。


『まあ、知ってるな』

「なら教えてくれ。どうして英さんは家でもあんな調子なんだ」


 越後さんのときと同様にこいつは未来の一端を知っている。それなら、僕が関わることで英さんが今後辛い思いをする機会を減らすことができるはずだ。


『そりゃルール違反だろ』

「えっ」


 しかし、クロの口から答えが語られることはなかった。


『紅百合の家庭事情はよく知ってる。あいつ自身言ってたことだからよく覚えてる。でも、それは紅百合本人がお前に言うべきだと思ったときに聞く内容だ』


 クロの言っていることは至極真っ当なことだ。だからこそ驚いた。


「お前にも人並みの倫理観ってあったんだな」

『どうだ。見直したか?』

「都合の良いときだけ善人面やめろよクズ」

『こりゃ手厳しい』


 クロは肩を竦めると夕焼けに溶けるように消えていった。

 腹立たしくはあるが、クロの言う通りだ。いくら未来を知っているからと言って何でも聞いて良いわけじゃない。……その割に、あいつ平気で英さんの性癖とかバラすよな。


「お待たせしました」


 携帯を閉じてクロとの会話を打ち切り、再び家の中へと戻る。


「母から許可をもらいました。お言葉に甘えてご馳走になります」

「そう、良かったぁ。遠慮しないで食べてね」


 英さんのお母さんは嬉しそうに花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「白君、ちょっといいかな?」


 英さんは親指で二階を指差した。どうやら僕に話があるようだ。

 僕は小さく首を縦に振って、英さんの後についていった。


「結構長電話してたみたいだけど、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。用件自体はすぐに確認終わって無駄話してただけだから」


 部屋に入るなり、英さんは心配そうに尋ねてきた。


「でも、白君の家ってあんまりご両親帰ってこないんでしょ。だったら、一緒に過ごしたがるんじゃない?」

「ああ、そんなことか」


 どうやら無理して夕飯に付き合っているんじゃないかと心配してくれていたみたいだ。


「うちの家族はみんな自由というか、放任主義というか、家族で一緒に何かするっていうのは昔からないんだ」


 一緒にご飯を食べるときなんて正月くらいじゃないだろうか。

 父さんなんかは仕事柄家にいないことも多いし、母さんも夜勤があったりするため顔を合わせることも自体割と少ないのだ。


「……変わってるね」

「そう? 僕は気楽で気に入ってるけど」


 お小遣いも結構もらえるうえに、変に干渉してこない。控えめに見ても僕の両親は最高の親だと思うけど。


「そ、ならいいの」


 英さんは僕の言葉を聞いて安心したように笑った。


「戻りましょ。あんまりお母さんを待たせるのも悪いわ」

「そうだね」


 英さんに促され、リビングへと戻る。

 彼女の足取りは心なしか重いように感じられた。

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