第36話 勉強会その2

 とりあえず、教えるにしても得意不得意は把握しておきたい。


「越後さん、得意科目は?」

「ない。中学のときは〝レッドポイントゴリラ〟って呼ばれてた」

「……せめて文系か理系かわかればなぁ」


 苦手教科すらわからないとは、勉強を教えてほしいと言い出すだけあって本当に困っているようだ。


「仕方ないね。今回は時間もないし、効率重視で行こっか」


 英さんはそう告げると、教科書をしまって問題集を取り出した。


「理数系科目は問題集からそのまま出されることが多いんだ。出題の傾向も分かってるから、リラはそれを途中式ごと暗記して」

「えっ、それってありなの?」

「今回だけだよ。さすがに時間が足りなすぎるもん」


 何の書き込みも一切の開き癖のない綺麗な問題集に、英さんは躊躇なく書き込みを入れていく。数学1・A、化学・生物、全ての問題集に印が刻まれていく。


「今印付けたところが試験に出る問題だから、解説の途中式と答え、問題文をセットで全部暗記してね。一問に付き二十回以上はノートに書けば覚えられると思うよ」

「こ、この量を全部……」

「一夜漬け確定だね♪」


 絶望したとばかりに顔を青ざめる越後さんとは対照的に、英さんは嬉々としている。

 これだけの量の問題を短期間で丸暗記するのは無理があるかもしれないが、英さんの言う通り、全科目基礎知識が終わってる越後さんにんはこれしか方法はないのかもしれない。


「というか、よくピンポイントで出題範囲なんてわかるね」

「大したことじゃないよ。先輩から過去問もらって出題傾向を分析して、あとは授業後に質問しながら先生の好きそうな問題を聞き出したりすれば大体絞れるよ」

「大したことしかないじゃん」


 さらっと凄いことをやってのける英さんに思わずツッコミを入れる。

 とはいえ、英さんのおかげで越後さんは救われそうだ。


「文系科目はどうする?」

「うーん……漢字や英単語、歴史も全部暗記だからなぁ」


 悩ましげな表情を浮かべる越後さんだが、僕は一つ提案することにした。


「それなら楽な解き方だけでも覚えたらどうかな」

「楽な解き方?」


 首を傾げる越後さんに、僕なりのやり方を説明し始める。


「国語も英語も長い文章があって、その後に問題文が来る形式が多いと思うんだ」

「そうなの?」

「……小テストでもそうだったでしょ。もしかして寝てたの?」


 本気で疑問符を浮かべている様子の越後さんに、英さんが呆れた様子で言う。英さんの指摘に思い当たる節があったのか、越後さんは少しバツが悪そうに視線を逸らしていた。


「先に問題文を読んで、本文に架線が引いてある前後だけ読む。そこに大体答えはあるから」


 例えば〝それが指しているものは何か?〟みたいな問題なら答えは大抵の場合、直前の一文にあったりする。

 これはちょっとした時間節約のテクニックだが、正解が書いてある場所を絞れると考えれば越後さんにはおすすめの解き方だ。


「マジで助かる……」


 僕の説明を聞いた越後さんは感動で打ち震えていた。そんなに感激されるようなことはしていないのだが、参考になったのであれば何よりである。

 それから英さんと僕それぞれの得意科目を中心に教え始める。

 僕は文系科目、英さんは理数系科目が得意なので、良い感じに分担できたと思う。

 正直、英語のオーラルコミュニケーションに関してはもう考えるな、感じろとしか言いようがないが、越後さんはそういう感覚的なものには強そうだし、案外何とかなるだろう。

 二人でみっちり教えたこともあり、勉強会を終える頃には越後さんは口から魂が飛び出てるんじゃないかというくらいに放心状態だった。


「そろそろ帰ろうか」

「もうこんな時間だもんね……正直、詰め込み足りない気もするけど」


 時計を見ると時刻は午後六時を過ぎていた。これ以上遅くなるのはあまりよくない。


「あら、もう帰っちゃうの?」


 勉強会道具をまとめて部屋を出ると、そこには英さんのお母さんがいた。


「お母さん、もう六時だよ」

「だったら、夕飯食べていけばいいじゃない」


 確かに、もう日は暮れていてご飯の時間ではあるが……。

 ちらと横目で越後さんを見ると、越後さんは難しい表情を浮かべていた。


「ごめんなさい。ウチは帰らないと……」

「残念ねぇ、白君はどうする?」


 英さん一家と食事か……興味はあるが、どうしたものか。


「一旦、親に確認してみます」


 ひとまず、そう断ると僕は一旦外に出た。それから携帯を開いて母さんの番号に電話を掛ける。


『あれ、純。どったの?』


 ワンコールもしない内に母さんが出た。相変わらずレスポンスが早い。


「いや、今友達の家にいるんだけど、夕飯食べていかないかって言われて」

『あー、いいわよ。こっちは好きに食っとくから』


 あっさり許可が出て拍子抜けしてしまう。もっとこう、色々言われると思っていたのだけれど、母さんらしいといえば、母さんらしい。


「ふぅ……」


 思わず安堵の溜息が出る。これでとりあえず問題は解決した。


『で、何か聞きたいことあんだろ?』


 携帯を耳に当てたまま振り返って声を掛けると、案の定そこにはクロがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る