第24話 体は繋がれても、心は繋がれないからセフレ

 取りつく島もなかった。


「やっちゃったな……」


 また余計なことを言ってしまった。

 英さんを心配していたのは事実だ。でも、僕がやったことはただの価値観の押し付けだ。


『こりゃまた派手に喧嘩したな』

「喧嘩じゃない。僕が勝手に失望されただけだよ」


 校内でぬるっと現れたクロに文句を言う気力もなかった。今はただ自分の性格に嫌気が差していたのだ。


『お前は極端すぎんだよ』


 呆れた口調で呟いた後、クロは肩を竦める。


「どういう意味だよ」

『何であんなに鬱陶しがってた紅百合を心配なんてするようになったんだ。未来の話は最初から知ってただろ』

「それは……」


 最初は周りに媚びる性格の悪い苦手なタイプの女子だと思っていた。だけど、彼女と過ごすうちに少しずつ印象が変化していったのだ。


『気が合うから嫌いになれない。そのうえ、あいつが本当は努力家なのを知った。だから行動自体は嫌いでもあいつのことを〝全面的な被害者〟として見るようになった。絆されやがって……手のひらぐるんぐるんじゃねぇか』


 図星だった。確かに僕はいくら英さんが酷い目に遭おうと知ったことではないと思っているはずなのに、彼女に同情してしまっている。

 それは紛れもなく彼女の努力を知って絆されてしまったからだ。


『紅百合は何度もこういう問題を起こしてた。大人になってもだ。その意味くらいわかんだろ』


 初めて聞く怒気を含んだクロの声。それはまるで自分自身に向けて言っているようにも聞こえた。


『紅百合にも問題はあったってことだ』

「そんな! 英さんは悪いことしていないのに、相手が勝手に嫉妬して嫌がらせしてきたんじゃないか!」


 クロの言いたいことはわかる。しかし、納得できるかどうかは別問題である。


 越後さんの件だってそうだ。英さんは何も悪くないというのに責められるなんておかしな話だ。

 英さんは好かれるために必死だった。だから、自分の感情を押し殺してまでみんなに愛想を振りまいていた。僕はそれを偏見から一方的に悪いことだと決めつけていた。


 でも、英さんによって救われている人だっている。

 悩みを抱える子は話を聞いてもらえるだけで気持ちが軽くなるし、上辺だけでも優しくされて心が温かくなる人だっている。なのに、英さんに非があるなんてあんまりだ。

 そんな僕の気持ちを理解しているのか、クロは突き放すように冷たい声音で続ける。


『確かにそうだ。気持ち悪いくらいの正論だ。だがな、自分が優しくすることを嫌がる相手に積極的に優しくする行為。それも立派な嫌がらせだ』

「なっ……」

『こういう人間関係のもつれは店長なり、冷静な人物を間に置いて出勤日や時間帯をズラして距離を置いたり、お互いに関わらないようにすればいい話だ。それを紅百合はしなかった。何でかわかるか?』


 英さんは完璧美少女でいるために周りの人間に好かれようとしていた。そのためには周囲の人間との関係性を保つ必要があった。


『いじめられてる相手にも優しく接する心優しい悲劇のヒロインでいたかったからだ』

「悲劇のヒロイン……」


 つまり、英さんは嫌われることを恐れて好感度を下げるような行動をとれなかったのだ。

 周りのために努力したのに報われない可哀想な女の子。それを演じ続けた結果、未来で彼女は精神的に追い込まれてしまった。


『自分も相手も傷つけて、誰も得しないってのにあいつはそれをやめられなかった』

「そこまで……そこまでわかってるなら!」


 クロはわかっていたはずだ。英さんがどれだけ頑張っても、待っているのは傷つく未来。

 自分のことだからわかる。こいつは英さんとの関係を気に入っていたはずだ。

 それなのに、彼女の抱える闇に蓋をして見て見ぬ振りをした。それが許せなかった。


「どうして英さんに言ってあげなかったんだよ。お前は英さんの――あっ」

『そうだ。俺はただのセフレだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ』


 そう言うと、クロは寂しげな表情を浮かべた。


『お互い嫌なことがあれば愚痴って飲んでヤる。気分転換に出かけたりゲームしたりした後にヤる。一定の距離で楽しんでそこから先は踏み込まない。わかるだろ』


 まるで僕ではなく自分に言い聞かせるように彼はポツリと呟いた。


『体は繋がれても、心は繋がれないからセフレなんだよ』


 クロの言葉が僕の心に突き刺さる。彼の言葉は重みが違う。


 だって、こいつは未来の僕なのだから。


『なあ、お前は紅百合とどうなりたいんだ』

「僕は、ただ英さんとこのまま友達として、一緒に楽しく過ごして――」

『そうかい。じゃあ、お前の大嫌いな俺と同じ末路を辿るわけだ』


 僕の言葉を遮ってクロは鼻で笑う。


『お前は紅百合にとって都合のいい存在でしかない。何てたってお前はなんだからな』


 クロは吐き捨てるように言うと、珍しく自分から消えていった。

 ずっと考えないようにしていたつもりだった。

 未来でのクロと英さんとの関係、僕と英さんとの関係。この二つにある違いは性行為の有無でしかない。


 見たくもないものを直視して、聞きたくなかったことを聞かされた。

 未来の自分の言葉がこんなにも重いだなんて思いもしなかった。

 まるでお前シロはどうあがいてもクズクロになると言われた気分だ。


「どうしろって言うんだよ……」


 考えても答えは出ず、僕は掃除当番の時間が終わるまで黙々と手を動かして掃除を続けたのであった。

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