第23話 ただ英さんが心配なんだよ
「英さん、今日掃除当番じゃないよね」
目当ての人物はすぐに見つかった。英さんは下校する生徒で溢れかえっている階段で掃除に勤しんでいた。当番の範囲内かつ人目に付きやすい場所で掃除をしているのはアピールのためだろう。
「あはは、越後さんに頼まれちゃって」
人目があるため、英さんは猫を被ったまま笑顔で対応してくる。それがどうしようもなく不愉快だった。
「ちょっと手伝ってほしんだけど、いいかな?」
「うん、わかった」
作った営業スマイルを張り付けたまま英さんは僕についてきた。
「それで何の用? 手伝いは口実でなんか話あるんでしょ」
人がいないことをしっかりと確認すると、英さんは一気に脱力して素の表情を浮かべた。
僕には普段の作り笑いより、今の素顔の方がよっぽど魅力的に見える。
「あのさ、何でわざわざ越後さんと掃除当番変わってあげたの?」
「はぁ? 好感度稼ぎに決まってんでしょ」
「それは越後さんの? それとも周りの?」
英さんが言葉に詰まると、僕を睨みつけてきた。
「……何が言いたいの?」
「越後さんに優しくしたって良いように使われるだけだよ。何の見返りもない」
英さんは自分が好かれるために努力しているが、他人のために自分を犠牲にするのは間違っていると思う。彼女の行動はあまりにも自己犠牲的すぎるのだ。
「クラスのみんなの好感度なんて稼がなくても英さんは助けてもらえるよ。はっきり言って労力に見合ってないと思う」
僕と英さんは出会ってまだ一ヶ月も経っていない。それでも、彼女がどこか無理をして生きているように感じていた。だから、つい聞いてしまったのだ。
「そこまでしてストレス溜めこんでまで完璧美少女でいる意味なんてあるの?」
「何? やっぱりあたしがストレス発散のために家に来るのが嫌なの?」
何を勘違いしたのか、不機嫌そうに英さんは鼻を鳴らして続ける。
「別に嫌ならいいわ。もう白君の家には行かないから。白君みたいな高校デビュー失敗しただけのボッチが、あたしの本性を言いふらしたところで誰も信じないだろうし」
「違う! 僕はただ英さんが心配なんだよ!」
「心、配?」
僕が声を荒げると、英さんは驚いた様子で目を見開いた。
「誰にでもいい顔して、そのためにめちゃくちゃ努力してさ……それなのに、得られるのはその場限りの好感度だよ。高校を卒業して大学、社会人になっても同じことを続けるつもりなの? そんなの壊れちゃうよ」
過ごした時間はそう長くなかったかもしれないが、僕にとって英さんは気の合う友人だ。普通に遊んで、普通に笑って、気兼ねなく言いたいことを言い合えるかけがえのない友人なのだ。
未来での英さんがどうなるのかを知っている僕には、彼女を放っておくことはできなかった。信頼できる友人なんていない。クロという落ちぶれた未来の僕と肉体関係を築くことでしか自分を支えられないなんてあまりにも悲しすぎるじゃないか。
僕の言葉に英さんは複雑そうな表情を浮かべていたが、しばらくすると深い溜息をつき、ゆっくりと口を開く。
「……言いたいことはそれだけ?」
その言葉は冷たく突き放すような声色だった。
「勘違いしてるみたいね」
声を震わせながら、英さんは僕を今まで以上に鋭い目つきで睨みつける。
「あんたはただのストレス解消装置よ。不愉快だから彼氏面しないでくれる?」
英さんは吐き捨てるように言うと、箒を持って階段を駆け下りていった。
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