第25話 余計なお世話でしかなかった

 中間テストも近づいてきた今日この頃。

 ゴールデンウイークに一緒に遊ぼうと約束していたものの、あれから英さんは一度も家に来なくなった。

 メールを送っても返信はまるでない。

 隣の席には確かに英さんがいる。


「そういえば、昨日のドラマ見た? ラストの方とか泣けちゃったよー」


 でも、それは僕が普段話している英さんじゃない。誰に対しても分け隔てなく接し、いつも笑顔を絶やさない明るい性格の美少女。

 それを見ているとどうしようもなく吐き気がしてくる。


 どうしてそんな風に周りに合わせるんだ。どうしてストレスが溜まるのにそんなことをするんだ。どうして辛いのに笑っているんだ。

 どうして自分を偽るんだ。

 君はそんなことしなくても魅力的な女の子じゃないか。


 そんなことを考えながらボーッと外を眺めていると、英さんと目が合ってしまった。

 すると、英さんは一瞬だけ目を見開くとすぐに目を伏せ、教科書に視線を落とす。

 わかっている。僕に彼女を責める権利なんてないんだ。

 だって、彼女の気持ちを理解しようとせず、一方的に悪者扱いして勝手に失望していたのは他ならぬ僕自身なのだから。


 昼休み。購買部で買ったパンを階段上の物置のようなスペースで一人気楽に貪りながら、僕は改めて自分の存在について考え直してみた。

 僕はクロと出会ったことで、未来の自分がこのままだととんでもないクズになるということを知った。

 だからこそ、こうはなるまいと反骨精神で清く正しく生きようと決意したのだ。

 本来の僕は高校生のとき、男子校に通っていて学校でも悪さばかりしていたらしい。

 授業をサボったり、非常ベルを鳴らしてみたり、サッカーのゴールネットを切ったり、加湿器にコーラを入れたり、クソガキのような問題行動を繰り返していたとのことだ。

 よくもまあ、こんな奴が社会に出て働けたなと思わないでもない。


「僕はどうしたいんだろう……」


 今の僕はクズになりたくないというだけで、こうなりたいというビジョンは持っていない。

 未来を知っているからといって何かができるわけでもない。

 英さんと越後さんの話を聞いたときも、何もしなくていいのなら関わりたくないと思っただけ。

 本当にそれでいいのだろうかという思いはずっと頭の中を支配していた。

 英さんが努力しても、結局は周囲は大した感謝をせず、彼女が本当に辛いときには誰も助けちゃくれない。彼女にとってこの世界はとても生きづらいものだ。

 だからと言って、僕が彼女に何かを言ったところで彼女の考えが変わるとは思えない。

 結局、僕がやったことは余計なお世話でしかなかったのだ。


「教室、戻るか……」


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、僕は大人しく立ち上がった。


「クロの奴、今日は出てこないな」


 この場所で一人でいれば、どこからともなく現れてくるはずなのに、今日は影も形も見当たらない。

 いつも鬱陶しいと感じていたはずなのに、胸にポッカリ穴が開いた気分だった。

 教室に戻ると、英さんの周りには人が群がっていた。みんな仲良さげに笑い合い、何てことのない会話をしている。

 僕はそれを横目に自分の席に戻る。


「ねえ、今日女バスの練習休みなんだけど、放課後どっかいかない?」

「えー、じゃあさじゃあさ! そのあとカラオケ行こうよ!」

「俺も今日は部活休みだしいけるぞ」

「いいんじゃね」

「くゆちゃんはどう?」

「うん、今日はバイトもないし私も行きたいかな」


 教室では英さんがいつものグループで会話をしており、そこには越後さんの姿もある。


「そういえば、越後さんのお姉さんに会ったよ」

「……へぇ」

「イメージ違ってビックリしたよー。越後さんと生徒会長って全然似てないんだね」

「そりゃ姉妹でも正反対のタイプだし」


 会話の流れはいつの間にか英さんと越後さんを中心に展開していく。


「なんかさ、全校生徒の顔と名前やクラスも覚えてるみたでさ。私なんて一年生の顔と名前くらいしか覚えられないからビックリしちゃったよ」

「いや、くゆちゃんも大概すごいからね!?」

「そんなことないよー」

「ははっ、謙遜しちゃって……」


 何か空気がおかしい。

 僕だけでなくきっと同じグループの男子もそれを感じ取っているはずだ。

 違和感を覚えつつ、隣から聞こえてくる会話に耳を傾ける。


「それで、生徒会長がね――」

「まだその話するの?」


 英さんの言葉を遮り、越後さんが低い声を出す。グループ内だけでなく、教室の空気も凍り付く。

 英さんは気づいていないのか、わざとなのか構わずに話を続ける。


「ごめんごめん、優秀なお姉さんの話なんてあんまり気持ちの良い話題じゃないよね」

「別にそんなんじゃないし」


 二人を中心に空気が軋み、ギスギスという擬音が本当に聞こえてくるのでないかと思うほど重苦しい雰囲気が流れる。

 重苦しい雰囲気は五限目の授業が始まってからも霧散することはなく、先生がどことなくやりづらそうだった。


 授業中、僕は淡々とノートを取る英さんを横目にある結論に至っていた。

 英さんが生徒会長の話や自分の自虐風自慢を話題にする。それは越後さんにとって特大の地雷だ。一番刺激したくない人の神経を逆なでする。そんなこと普段の英さんなら絶対にやらなかったはずだ。

 何故こんなことをするのか。英さんの行動に僕は心当たりがある。


『ああ、何でも財布を盗んだって濡れ衣を着せられたらしいぞ』


 クロから聞いた高校時代に英さんが被害に遭ったという事件。

 横暴なところはあれど、越後さんがそこまでのことをするようには見えなかったこともあり疑問には思っていた。

 だけど、幼い頃から抱えてきたコンプレックスを普段から刺激され、そこへダメ押しとばかりに地雷原でタップダンスを踊られた日には冷静な判断ができなくなってもおかしくはない。


 今日の六限目は体育だ。授業の間、教室には誰もいなくなる。何かしら荷物に仕込みをするにはもってこいの時間だ。

 つまり、クロの言っていた英さんへの濡れ衣事件はまさに今日発生すると見ていいだろう。

 いてもたってもいられず、僕は五限目の授業が終わるのと同時に教室を飛び出した。

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