第20話 白君はあたしのこと嫌い?
家に着くと、英さんはいつものように猫を被ったまま挨拶をした。
「お邪魔します」
「あー、今日も両親いないから安心して」
「そ、じゃあ今日も遠慮なく寛がせてもらおうかしら」
僕が英さんを自宅に招いていることは両親は知らない。英さんも万が一両親がいたときのために家に上がる瞬間までは猫を被っているのだ。
「お弁当温めておくから先に部屋行ってて」
「いつも悪いわね。それじゃ、お言葉に甘えて」
鞄からお弁当を取り出して渡すと、英さんは二階にある僕の部屋に上がっていった。
キッチンに向かい、包を解いてお弁当を開ける。
英さんのお弁当はお母さんが作っているらしいが、中身はアスパラのベーコン巻やタコさんウィンナー、卵焼きなど定番中の定番だった。
英さん愛されてるなぁ、なんて考えながら、お弁当をレンジに入れて加熱を開始する。
温め中の低い音が鳴り響く中、ふと思う。
英さんは、どうして家でも心が安らがないのだろうか。
彼女はあまり家族の話をしたがらないから、家族仲が悪いのかと思えばそうでもなさそうだ。
「ま、いっか」
英さんの家庭環境がどうだろうと僕には関係のない話だ。本人が話したくないのなら聞くことでもないだろう。
しばらくすると、チンッという音が鳴ったため温まったお弁当を取り出す。
それから、英さんが来る前に作っていた麦茶をコップに注ぐと、お弁当と飲み物を持って階段を上がった。
部屋のドアを開けると、英さんはベッドに寝転んでゲームをしていた。
「ありがとー」
僕が入ってきたことに気付いたようで、英さんはゲーム機をスリープ状態にするとベッドから起き上がった。
「お昼食べてなかったせいでマジで腹減ってたんだよね! 副会長許すまじ」
不満を漏らしつつも、英さんは嬉しそうに箸を手に取る。よっぽどお腹が空いていたようだ。
「八方美人の欠点だね」
「ふるひゃい」
「口にものを入れてしゃべるな」
まったく、完璧美少女が聞いて呆れる。そのまま呆れた視線を送っていると、英さんは箸で摘まんでいる卵焼きをじっと見て悪戯っぽく笑った。
「あーん、してあげよっか?」
「と、唐突にどうしたの?」
「いや、今日のお礼にと思ってさ」
英さんはそう言ってウインクをする。相変わらずあざと可愛い。ちくしょう。
というか、たった今英さんが使っていた箸であーんされるということは間接キスになってしまうのではないだろうか。
『何、間接キスくらいで動揺してんだ。未来じゃ舌だって入れてんだぞ。あと、下の口――』
「じゃあ、お言葉に甘えようかな! 完璧美少女のあーんなんて人生でもう二度とないかもだし!」
余計なことを吹き込んでくるクロの言葉をかき消すように声を張り上げた。
「そ、そんなにあーんされたかったの……?」
そんな僕に英さんは若干引いていた。
恥ずかしさを誤魔化すため、勢いのままに目を閉じて口を開けて卵焼きを待ったが、なかなか卵焼きが口に運ばれてくる気配はない。
不思議に思って目を開くと、英さんがジトッとした視線を向けてきた。
「……なんて揶揄い甲斐のないリアクション」
「えぇ……これでも間接キスに動揺してるんだけど」
「ならよし。はい、あーん」
僕の反応を見て楽しげに笑うと、ようやくあーんしてくれた。いいのかそれで
人生初の美少女からのあーんの味は、甘めの卵焼きの味だった。
お弁当を平らげ、満足気な笑みを浮かべた英さんは再びベッドの上に戻ってゲームを再開した。
「白君のご両親っていつも家にいないけど、そんなに忙しいの?」
もはや自分の領土とばかりに、僕のベッドに寝転んだ英さんはゲーム画面から目を離さずに尋ねてくる。
「トラックドライバーと看護師だからね。授業参観に来れた試しがないくらいには忙しかったよ」
「気楽で羨ましいわ。家に一人なんて楽しくてしょうがないじゃない」
「そうだね。両親が頑張って稼いでくれたおかげでいい生活できてるし、感謝してるよ」
幼い頃から両親は忙しかったため、一緒に出かけた記憶も数えるほどしかないが、案外気楽なものだった。
「……寂しいとは思わなかったの」
少しだけ間を置いてから不意に英さんがポツリと呟いた。一瞬、それが彼女の口から発せられた言葉だと理解できなかったほど、意外な一言だった。
英さんは周囲をよく観察してはいるが、基本的に他人の事情には無関心である。興味があるとすれば、それは自分自身に利益のあることだけなのだと思っていた。
だからこそ、そんな彼女がただのストレスの捌け口としか思っていない僕に、そういった内面の深い部分について尋ねてくるとは思わなかったのだ。
「うーん、不思議と寂しさは感じなかったかな。僕は騒がしい方が苦手だし」
それに当時は、普通に友人の家に遊びに行ったりもしていたし、何より僕にはうるさい幽霊が取り憑いていた。寂しさなんて感じる暇もなかったのだ。
「一人で生きられるように育った結果が今の白君ってわけね」
そこでようやくゲームの手を止めて体を起こした英さんは、溜息をついて僕の方へと向き直った。
「ねぇ、白君はあたしのこと嫌い?」
「藪から棒にどうしたの」
「いいから教えてよ」
英さんの表情からは何を考えているのか読み取れない。少なくとも冗談半分で聞いているわけではないようだ。
正直に答えれば、僕は英さんのことが苦手だ。
「苦手ではあったかな」
でも、それだけじゃない。
話してみれば趣味も合うし、一緒に楽しくゲームだってできる。そして、何より無言の時間だって気まずくならない稀有なタイプの空気感を持つ子だった。
「今は違うって思ってもいいの?」
「うん、そう思ってもらって構わないよ」
「そ、ならいいの」
僕が肯定すると、彼女はぶっきらぼうに笑ってまたゲームの世界に意識を戻した。
もしかしたら、彼女なりに何か思うところがあったのかもしれない。
普段なら絶対に口にしないであろう質問をしてくれたことに、僕はほんの少し嬉しく思った。
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