第16話 一狩り行くわよ その3
それから集会所に戻るローディング画面の途中、英さんは弾んだ声で尋ねてきた。
「白君は何か行きたいクエストある?」
正直、この辺りまでくると何を狩るにしてもあまり差はなく、強いて言えばレア素材を狙うかどうかくらいのものなので、特にこれといった希望はなかった。
「じゃあ、ユニケロスで」
ユニケロスは一角獣のような姿をしたクリーチャーで、素材から作成できる女性用防具の見た目が人気だ。とりあえずやりたいクエストがないならやっといて損はないだろう。
「おっ、装備目当て?」
「いや、僕男キャラだから性能重視だし」
とは言いつつも、脳内ではユニケロス装備を着けた英さんの姿が勝手に思い浮かんでしまっていた。くそっ、完全にクロの悪影響だこれ。
豪雪地帯のマップへ到着すると、そこで僕はあるミスをしたことに気がついた。
「やっべ、あったかドリンク忘れた」
寒い地域ではあったかドリンク、暑い地域ではひんやりドリンク。これが必須なのである。
これを忘れると体力やスタミナが減っていってしまうのだ。
「何やってるのよ。しょうがないわね、あたしの分けてあげるわ」
「ありがとう、助かるよ」
大目にアイテムを持ってきていた英さんからあったかドリンクを半分ほど分けてもらう。
英さんが準備を完璧にするタイプの人で良かった……。
『ドリンクアイテム忘れて、友達に分けてもらうってのもこの時代の醍醐味だよなぁ。未来じゃドリンク系のアイテムは廃止されちまったし』
僕達の後ろで懐かしそうにゲーム画面を見ていたであろうクロが、当時のことを思い出しながらしみじみと語りだす。
というか――
「えっ、ドリンクなくなるの!?」
未来のクリハンシリーズ作品では、ドリンク系統のアイテムが廃止されてしまったらしい。このシリーズでは恒例のアイテムだっただけにその衝撃は大きかった。
「ふっ、くくっ……消費アイテムなんだから、そりゃ飲んだらなくなる、でしょ」
驚きの声を上げた僕に対して、英さんは僕があったかドリンクを飲んだらあったかドリンクが消費されたことに驚いていると勘違いしたらしい。いくら何でもそれだったら僕がバカすぎるだろ。
[KUYUが力尽きました]
ユニケロスとの戦闘に入っても、笑いを堪え切れずプルプルと肩を震わせていたら手元が狂ったのか、氷結の一撃を食らい英さんは体力が尽きていた。
「ちょ、何やってんの!」
「ごめんごめん、だって……ふふっ、白君、バカすぎて……くくくっ……!」
涙目になりながら腹を抱える英さんを見て、流石にちょっとカチンときたので意地悪をしてみることにする。
ユニケロスからの攻撃を躱しつつ徐々に後退し、英さんの傍へと近寄っていく。
「ちょっ、何する気よ!」
「チッ、バレたか……」
英さんは僕が近づいてきたのに気がつき、慌てて距離を取った。
「このあたしの裏をかこうなんて十年早――えっ」
僕は煙幕を投げつけて英さん周辺の視界をわざと悪くする。
「バカ、何やってんのよ!」
「こういうのもスリリングでいいでしょ? それとも完璧美少女の英さんは視界が悪くちゃ弾一つ当てられないのかな?」
ちなみに、これは中学のときに友人が広範囲攻撃持ちのクリーチャーのクエストでよくやっていた悪ふざけである。
これをやられると割とみんなふざけんなとブチギレるので、真似はしない方がいい。
「ガキかあんたは! でも、その安い挑発に乗ってあげるわ!」
こうして、ただでさえ視界の悪い豪雪地帯で煙幕をぶちまけながら戦う狂気のクエストが幕を開けた。
「ちょっと、氷結の予備動作が見えない!」
「うわっ、死角から突進ハメ食らったって!」
「ああ、もう! 弾が当たらない! イライラする!」
「死ぬ死ぬ死ぬ! 回復回復!」
「ちょ、この音って特大氷結の予備動作の音じゃない!?」
「カエリ玉、早く早く!」
「「あぁぁぁぁぁ!?」」
[SHIROが力尽きました]
[YURINが力尽きました]
その結果、僕達は仲良く同時に力尽きるのであった。
その後も何度か似たようなことを繰り返し、ついに煙幕切れになったところでようやく我に返る。……うん、途中から完全に目的が変わっていた。
それを自覚した瞬間、お互いに無言になって顔を見合わせる。
「くくっ、はははは!」
「ふふっ、あははは!」
そして、同時に笑い合った。
「何このバカなクリハン。こんなの初めてやったんだけど!」
「僕も久しぶりにこんなアホなことしたよ」
ひとしきり笑った後、英さんは笑い過ぎて浮かんでいた涙を拭いながら僕に向き直り口を開く。
「白君、ありがと。なんか今日は一段と楽しかったわ」
「それは良かった。僕も全力でふざけた甲斐があったよ」
どうやら想像以上に僕と英さんは相性が良かったようだ。もちろん、体ではなく性格や趣味趣向の話である。
それからさんざんクリハンでの特殊ルールを遊び尽くしてから、今日の集まりはお開きとなった。
「お互いに好きなことだけするのもいいけど、こうして一緒に遊ぶのも楽しいものね」
「そうだね。たまにはこういうのも悪くないかもね」
帰り際、玄関で靴を履いた英さんはそう言い残して帰っていった。
僕も英さんも、きっとお互いがまた一緒に遊びたいと思っていることを言葉の端々から感じ取っていたのだと思う。
英さんとの距離がまた少し縮まったような、そんな一日だった。
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