第12話 シンプルにバケモノみたいな観察力だよね
学校での英さんは常に周りに気を配っている。
「中谷さん、そのリップ最近話題のやつだよね」
「えっ、よく気づいたね」
「そりゃ気づくよ。だってすごく似合ってて可愛いもの」
「そ、そうかな。えへへ……ありがと!」
些細な変化にもすぐに気がつき、きちんと褒める。
「碇君、髪切ったよね。そっちの方が格好良いと思うよ」
「お、おう、少しだけなのによく気づいたな」
「そりゃ気づくよ。友達だもん」
「そうか、へへ……」
そして、欠かさず友達なら気づいて当然という雰囲気を醸し出す。そのうえ、〝もしかして〟とか〝違ってたらごめん〟という予防線を一切張らない。
これは変化があったことに確信を持っていなければできない芸当だ。
英さんは本当に周りをよく見ている。
「白君、携帯の待ち受け画面マスキャットに変えたんだ。それ可愛くていいよね」
「何でそこに気づくんだよ……」
ここまで来るともはやホラーだ。
これが仲の良い人間に対してだけならまだしも、英さんはクラス全員に対してこれである。意識してやっていたら、こんなの常人は気が狂う。
「というか、僕にはそこまでしなくていいって」
僕は周りに聞こえないように英さんに告げる。あまり気を張りすぎてもよくない。そんな気遣いのつもりで言ったのだが、英さんはいつもの営業スマイルを崩さなかった。
「もう何言ってるの。白君だって大切な友達の一人だよ。何かあったら気づくに決まってるじゃん(バカじゃないの? クラスの目があるところであんただけ雑に扱ったら変に思われるじゃない)」
建前を聞いただけで本音が汲み取れてしまった辺り、僕もそうとう英さんに毒されているのかもしれない。
「そ、そう。ありがと」
「うふふ、どういたしまして」
しかし、実際のところ自分の変化に気づいてもらえるというのは嬉しいものだ。
未来の英さんはコンカフェ嬢をやっていたそうだが、これはお客さんが彼女にぞっこんになるのも頷ける。
来店の度にちょっとした変化や前に言ったことを覚えているというのは、自分が特別な存在になっているという錯覚を味わえるだろう。
「相変わらず、ハナブサはいろんなとこに気がつくねぇ。それじゃウチの変化も当ててもらおっか」
僕と英が話していると、英さんの前の席に座っていた越後さんが話に入ってきた。表情こそ笑顔だったが、その目は笑っていない。パッと見は険悪な感じに見えないが、英さんからの事前情報があると、とてもじゃないが仲が良いとは思えない関係性である。
「前髪二ミリ切ったよね」
「……いや、何でわかるの」
「シンプルにバケモノみたいな観察力だよね」
「は?」
やべっ、英さんと部屋にいるときのノリで会話に混ざってしまった。越後さんが不機嫌そうにこっちを睨みつけて……あれ、目を逸らされた?
「もう白君、バケモノなんて酷いなぁ」
「誉め言葉だよ。ほら、バケモノクラスって突出してるって意味で使うじゃん」
「女の子にバケモノはどうかと思うけど」
「はいはい、悪かったよ」
越後さんが突然黙り込んでしまったものだから、つい英さんとそのまま会話を続けてしまった。急にどうしたのだろうか。
彼女とはほとんど話したことないし、僕なんてモブの一人とでも思われているはずなのだが。
「……あんた達、仲良いんだ」
ようやく言葉を発したと思ったら、越後さんは僕と英さんの関係について言及してきた。
「うん、友達だからね」
「そうそう、友達だから特別仲が良いってわけじゃないよ」
「ふーん……」
僕達の言葉に対して越後さんはどこか複雑そうな表情を浮かべていた。一体何が引っかかるというのだろうか。
「まあ、別にいいけどね」
『ほー、まさか生でえちゴリラの顔を拝むことになるとは思わなかった。人生わからないもんだな。いや、俺の人生はもう終わってるけど』
「うわっ!」
「ひっ!?」
突然、目の前にクロが現れたものだからビックリして立ち上がってしまった。
その瞬間、越後さんは大袈裟に驚いてその場から飛びのいた。
「白君、どうしたの?」
「いや、虫がいた気がして」
「……また虫」
英さんはどこか呆れた様子でジトッとした視線を向けてきた。実際、クロは虫みたいなものだから仕方ないだろう。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる」
教室の視線が集まってしまったので僕は慌てて教室を出るハメになるのであった。
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