第11話 人間ってのは絶対裏があるものなのよ
英さんが僕に素の姿を晒すようになってから、数週間が経った。
「ねぇ、キラモンちょーだい」
「嫌だよ。よくレア中のレアモンスターせびれるね」
「完璧美少女であるこのあたしに差し出せるんだから光栄でしょ」
「人のベッドにだらしなく寝転んでる完璧美少女がどこにいるんだよ」
「ちぇー、ケチ」
あれから英さんは毎日のように僕の部屋に入り浸るようになっていた。
私物の持ち込みも増え、今では僕の部屋には英さんの私物もちらほらと転がっている始末である。
「というか、毎日のようにうちに来てるけど、大丈夫なの?」
「別にたまには一緒に寄り道くらいするわ。それにバイトで忙しいって言ってるから平気よ」
英さんは結局部活に所属しなかった。
本人曰く、やりたいこともないのにわざわざ部活に所属するだけ時間の無駄とのことだ。
男子と違い女子のコミュニティでは、一軍と呼ばれる部活に所属しなくとも容姿とコミュニケーション能力があればカースト上位にはいられるらしい。
「ちなみにバイトはしてるの?」
「最寄り駅近くの喫茶店。時給高いし、変なお客さんも少ないから楽なのよね」
容姿も良く、コミュニケーション能力お化けの英さんと接客業は相性が良かったのだろう。
クロの話じゃ未来ではコンカフェ嬢をやっていたらしいし、案外天職だったのかもしれない。
「放課後付き合い悪かったらハブられたりしないんだね」
「まあね。リーダー格の越後さんが女バスで忙しいのもあって、放課後一緒にみんなでってのは少ないかもね」
典型的なスポーツ女子という印象が強く、鋭い目つきに活発さの象徴である黒髪ポニーテル。身長も声も大きくて威圧感もあるため、正直あまり関わりたくないタイプだ。
「その分、休み時間とか体育のときとかは常に一緒よ」
「面倒臭そうだね」
「そうね、みんなの相談役はあたしだし、越後さんに至っては部活あるからって掃除当番押しつけてくる始末よ。まあ、あたしは優しいから笑顔で変わってあげるんだけどね」
優しい人間は自分で優しいなんて言わないと思う。
相変わらずの英さんに呆れていると、あることに気がついた。
「あれ、越後って苗字どこかで……」
「生徒会長の妹らしいわ。越後さんはその話嫌がるから禁句だけどね」
どうやら例の未来にAV女優になる生徒会長の妹だったようだ。確かゴム付き先輩だったっけか。クロのせいで最悪な覚え方をしてしまったかもしれない。
「姉妹仲悪いのか?」
「どっちかと言うと越後さんが一方的に嫌ってるっぽい。優秀な姉を持つと妹は苦労するってやつね」
「あー、よく聞くやつだ」
僕には兄弟がいないからよくわからないが、優秀な上の兄姉がいると苦労するという話はよく聞く。
「生徒会長の妹って大変そうだよなぁ。あんな英さんの上位互換みたいなのと常に比較されるなんて溜まったもん、じゃっ!?」
突然、首を柔らかい何かで挟まれて締め上げられる。
「誰が、誰の、上位互換ですって? 完璧美少女のあたしが誰に劣ってるってぇ?」
「けほっ……そういうとこだよ!」
この世界のどこに男子の家に我が物顔っで転がり込んで太ももで首を挟み上げる完璧美少女がいるというのだ。ある意味これはご褒美とも取れるので完璧美少女と言えるのかもしれないけども。
「ふんっ……あのね、この世に素で表のあたしみたいな完璧美少女がいると思う?」
「……英さんを見てると絶対いないってわからされるよ」
全男性の理想を破壊しないでもらいたい。いや、壊されたのは僕だけか……。
「そういうこと。人間ってのは絶対裏があるものなのよ」
「裏か……」
僕の場合はクロの存在だろうか。ある意味、一種の二重人格みたいなものだし。
そんなことを考えていると、英さんは思い出したように訊ねてきた。
「ゴールデンウイークはどうするの?」
「特に予定はないよ」
誰かさんのおかげで友達を作り損ねた僕にとって、大型連休はゲームに没頭する時間でしかない。
「ご両親は?」
「仕事だよ。二人共生粋の社畜だからね」
僕の父は大型トラックの長距離ドライバーで、母は看護師だ。
幼い頃から仕事人間だった二人の帰りはいつだって遅い。祝日なんて二人にとってあってないようなものだろう。
そのため、ゴールデンウィークだろうと両親が家にいることはほとんどない。
「じゃあ、ゴールデンウイークも来ていいの?」
「モンテの捕獲コンプ手伝ってくれるのならいいよ」
モンスターテイルズでは、バージョンごとに出現モンスターが違うため、モンスターをコンプリートするには友人の協力があった方がスムーズにいく。
二人でやればモンスターを捕獲する作業も楽しくできるだろう。
「大歓迎よ」
そう言って微笑む英さんの表情はとても綺麗だった。
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