第5話 真面目な奴ほどハメを外しやすいってことだ
英さんが未来の僕と肉体関係にあったことを知った日から、僕は彼女の一挙手一投足が周囲に対して媚びているようにしか見えなかった。
男女共に笑顔を振りまき、誰に対しても丁寧で物腰が柔らかい。
勉強もできるらしく、授業中は先生に指名されてもスラスラと模範解答を述べていた。
まさに品行方正、完璧な美少女だ。それも全部噓偽りで塗り固められたものだが。
ここまでくれば女子に嫌われそうなものだが、英さんはうまく立ち回っていた。
男女平等に接し、誰の前だろうと笑顔を絶やさず、自慢も全くしないし、何かにつけては相手を褒める。よいしょは彼女の得意技のようだ。
むしろ、女子からは頼れる相談役のようなポジションにすらなっているくらいである。
気がつけばこのクラスの中心人物は英さんになっていた。
人気者の彼女の周りには常に人がいて、トイレに行っている間に僕の席に女子が座っていることなんてもはや日常茶飯事と化していた。
隣の席の僕としては迷惑な話である。いや、本当に勘弁してほしい。
そのうえ、髪色とピアスのせいでどこか厳つさが出てしまったのか、僕には誰も話かけてもない。
そのうえ、英さんに群がってくる連中に場所を追われ教室では居場所がない。
中学のときはそれなりに友達もいたのだが、どうしてこうなった。
「はぁ……」
昼休みに溜息をついて廊下を歩いていると、視線の先に英さんがいた。
「紅百合ちゃん、サッカー部のマネージャーに興味ない?」
「いや、バスケ部のマネージャーになってほしい!」
「いやいや、うちのテニス部に――」
どうやら英さんは色んな部活から勧誘を受けているらしい。
まあ、見た目も良くて性格まで良いとくれば引く手数多だろう。
「あ、あの、申し出はありがたいんだけど、もう少し考えさせて?」
そう言いながらも、英さんは満更でもなさそうだ。
「今は気持ちだけ受け取っておくね。誘ってくれてありがとう」
周囲からは完璧美少女に見える営業スマイル。それをクラスメイトに向けている姿を見て鳥肌が立ってしまった。
「うわっ……」
やばい、つい声に出してしまった。呟いた程度なのにしっかりと聞こえたようで、英さんが物凄い顔でこっちを振り返った。
英さんから声を掛けられる前に、僕は逃げるようにその場から駆け出す。
階段を駆け上り、最上部にある物置のようなスペースで座り込んだ。
『おー、やっちまったなぁ。紅百合の奴に目ぇつけられたなありゃ』
「クロ、学校じゃ出てくるな」
『いいじゃねぇか。誰もいねぇんだし。独り言と思われたくなきゃガラケー耳に当てとけよ』
どうせ何を言っても引っこむ気はないだろうし、仕方ないか。
僕は渋々携帯を取り出すと開いて耳に当てた。
「……それで何の用だよ」
『お前がそこまで紅百合を毛嫌いする理由が気になってな』
「別に……ただ気に食わないだけだ」
『ああ、そういう感じか。まあ、無理もねぇか。あいつ遊びの予定はドタキャンするし、結構わがままだし、何より俺のセフレだったわけだからな。俺と違って真っ直ぐで誠実な性格に育っちまったお前には受け入れられない存在ってわけか』
「なんか引っかかる言い方だな」
まるで僕が英さんのように真っ当じゃない人間みたいな口振りじゃないか。
そして何よりも、未来を知っているからってわかったようなことを言われるのが気に食わない。クズの癖に。
『お前が思う清く正しい人間ってのは何だ』
「えぇ? そうだな……入学式でスピーチしてた生徒会長とか、現国の小山内先生とかかな」
生徒会長は美人で性格も良いと評判だ。つまり英さんの上位互換のような存在である。
現国の小山内先生は一見厳しそうに見えるが、授業がわかりやすいし、忘れ物や居眠りをしても柔らかく注意するだけで怒鳴ったりはしない。
男性教員の中ではそこそこ人気の先生なのではないだろうか。
『おー、この学校に通ってなかった俺でも知ってる名前だ』
クロは僕の挙げた二人の名前を聞いて楽し気に笑った。
『いやぁ、生徒会長の名前が
「未来じゃ僕って生徒会長とも知り合いなのかよ」
『知り合いじゃねぇが……彼女にはお世話になった』
どこか遠い目をしてクロは生徒会長を眺める。
クロがそんな感傷的な表情を浮かべるのは珍しい。よっぽど深い関係があったのだろうか。
『未来じゃ〝清楚系AV女優、越後睦月〟として有名だったからな。彼女の〝エッチゴム付き様、待望の生ハメ24時!?〟は名作として後世に語り継がれてる』
「お世話ってそっちの方かよ!」
ひどい下ネタを聞かされた。
というか、親の下系の話でも地獄なのに、未来の自分の性事情を聞かされるのもなかなかに地獄である。
「現国の小山内先生は?」
『教え子に手を出して逮捕されてたぞ。当時はニュースで騒がれてたんだ。紅百合も酒の席のバカ話でよく話してたぞ』
あの真面目が服を着て歩いているような小山内先生が生徒に手を出した、だと……。
いや、まだだ。まだ真面目な人はたくさんいる。
「じゃあ、学級委員長の宇津井くんや図書委員の中谷さんは?」
『その二人は紅百合の話じゃ、高二のときに避妊ミスってガキ作って中退したらしいぞ』
「あんなに真面目そうなのに!?」
「真面目な奴ほどハメを外しやすいってことだ。ま、実際はハメてるんだけど」
「やかましいわ!」
うまいこと言ったつもりか。そのドヤ顔をやめろ、自分の顔なのに殴りたくなる……!
「この学校にまともな人間いないのか……」
『俺が言うのもなんだが、未来の自分が憑りついたお前が一番まともじゃないと思うぞ』
それは断じて僕のせいではない。
くそっ、早いところこの悪霊を成仏させたいところである。
思えばこいつとの付き合いも六年になる。小学校ならそろそろ卒業の時期だ。
「いい加減、未練を晴らして成仏してくれよ」
『それが出来たら苦労しねぇっての』
「何で死んだときのこと覚えてないんだよ!」
そう何とこのバカは自分の死因どころか、どんな未練があって過去の自分――つまり僕に憑りついたかもわからないのだ。
昔からクロを成仏させるために、未練の原因を探したが何も見つからなかった。
クロの記憶があまりにも曖昧過ぎるというのもあるが、何よりもクロ自身が心残りがあるような人間には見えなかったのも原因の一つだ。
借金取りに追われたり、酒で記憶を飛ばしてゴミ捨て場で目覚めるような人間に情報を期待するのもバカバカしい。これが自分の可能性の一つと思うと悲しくなってくる。
『俺はその瞬間を全力で生きてたからな。未練なんて一ミリもねぇよ』
クロは鼻の頭をかくと気怠げに言った。呑気な奴である。
『ま、人生長いんだ。気長に行こうぜ』
「三十歳で死んだ未来の自分に言われても説得力皆無だよ……」
僕は溜息をつくと、昼休みの終わりを告げるチャイムを聞きながら教室に戻るのであった。
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