第6話 そういうの疲れない?
放課後。今日は勉強をほどほどにしてゲーム三昧としゃれこむため、急いで帰り支度をしていた。
「白君、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあるんだけど、今いいかな?」
すると、目の前に英さんが現れた。
隣の席だというのに、英さんはわざわざ立ち上がって机に座っている僕の前に立った。
何というか、うん。圧がすごい。
拒否権など存在していない。断れば周囲に泣きつかれて一方的に悪者にされるところまで予想できる。
「うん、僕でよければ」
英さんの笑顔の圧に屈した僕は大人しく体育館裏まで連行されることになった。
人通りの少ない場所に呼び出されるというと、告白かリンチの二択しか思い浮かばないが、英さんに限っては前者ではないだろう。
彼女はクラスの中でも最も目立つグループに所属している。つまりはスクールカーストトップに位置する人物だ。
そんな彼女が僕みたいな人間に用事があるとすれば、昼休みのことくらいだろう。
「白君。私、なんか白君に嫌なことしちゃったかな?」
案の定、僕が連れてきた理由を尋ねる前に彼女自ら口を開いた。
相手に罪悪感を植え付けるための弱々しい声。そんなものに騙される僕ではない。
とはいえ、ここはうまく誤魔化して僕から興味を失ってもらう方がいいだろう。
「ごめん、昼休みのことなら気にしないで。虫がいただけだから」
「む、し……!?」
やっべ、なんか間違えたっぽい。
『あっはっはっは! 今の言い方だと紅百合を虫扱いしたみたいじゃねぇか!』
後ろにいるであろうクロが腹を抱えて爆笑している。お前は黙ってろ。
「虫、虫かぁ……」
英さんは虫扱いされたのがよっぽど屈辱だったのか、頬を紅潮させて肩を震わせた。
まずい。このままでは本当に彼女の怒りを買ってしまう。
「誤解だよ。僕って虫苦手だからさ。近くに小さい羽虫が飛んでてびっくりしちゃったんだよ!」
「そっかぁ……なんか誤解してたみたい。ごめんね?」
慌ててフォローを入れると、英さんは納得してくれたようで、複雑そうな顔で頷いてくれた。どうやら助かったようだ。
しかし、ほっとしたのも束の間のこと。
「でもさ、入学式の次の日からなんかおかしいよね?」
英さんは急に僕の手を握ると上目遣いにこちらを見つめてきた。
おい、それは反則でしょ。いい匂いさせやがって! ってそうじゃない。これは完全にバレていると見て間違いない。
一目惚れしかけた僕だったが、クロの話を聞いてからはどうにも彼女を信用できなかったのだ。高校時代も猫を被っていたことは間違いないようだし……。
「あの日は友好的だったのに、次の日から冷たいし」
「冷たかったかなぁ、自分じゃわからないもんだね、うん」
「もしかして女の子が苦手なのかなって思ったけど、白君は私にだけ特別冷たいよね」
「そ、そんなことないんじゃないかな」
「やっぱりなんかしちゃったよね? 責めるつもりはないの、ただ理由が知りたいだけ」
「それはアレだよ、ほらアレ」
どうやら英さんは僕が急に態度を変えた原因を探っているようだ。
万が一、猫被りに穴があれば塞ぎたい。研究熱心なことである。
これ以上誤魔化すのも、なんかもう面倒くさい。
「そういうの疲れない?」
「……どういう意味かな」
念には念を入れているのか、英さんは最後まで言葉を濁して尋ねてくる。
あくまでも自分から言うつもりはないらしい。
「英さんの演技は完璧だと思うよ。僕がそういうのに敏感なだけ。気にしないで、誰にも言わないから。というか、興味ないし」
「興味な……!?」
英さんの瞳が大きく揺れる。興味ないという発言は動揺を隠しきれないほど屈辱だったようだ。それでいい。このまま僕とは関わりたくないと思ってくれ。
「周りに媚び売って好感度稼いでも、どうせいいように利用されるだけだよ。おすすめはしないけど、その生き方がいいなら好きにすればいいじゃん。僕を巻き込まなければ邪魔はしないから」
英さんの手を振りほどいて、僕は言いたいことを言ってやる。これで僕の印象が悪くなったはず。今後は必要以上に絡んでくることはなくなるだろう。
「さっきから黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれるじゃない!」
「うえぇ!?」
そう思っていたのだが、英さんは怒髪天を衝く程の勢いでブチキレると僕の胸倉を掴むと無理やり顔を近づけてきた。
今度ばかりは恐怖が勝り、まったくドキドキしなかった。いや、顔怖っ!
「興味がないですって? こんな屈辱は初めてよ! あたしがどれだけ苦労して周りに愛想振り撒いてると思ってんのよ!」
「いやだから嫌ならやめればいいんじゃ……」
「嫌だけど、あたしに絆されない人間がいることは我慢ならないのよ!」
「うわぁ……」
英さんの本性は想像以上に酷かった。あのクロですら肉体関係止まりにしていた理由がよくわかった。
どんだけプライド高いんだよ……。
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