男二人の間に挟まるということ

『任務が終わったら……また雑炊を作ってくれ。久里ジウリの雑炊は口に合わん』


 背を向けると一緒に言われた言葉に、美花メイファは一瞬目をしばたたかせた。

 クスッと両肩をすくめる。


『仕方ありませんわね。ハクシンダケの雑炊を作って差し上げますわ』

『いや、ワシ白芯茸嫌いなんだが……』

『そうでしたっけ』


 また二人の間に空白が横たわった。

『まあ、いいか』という父の小さな声で、再び空気が繋がる。まだ何かあるかなと思っていたら、わざとらしく足音を立てて父は消えてしまった。足音など絶対に立てない人なのに。帰るぞ、という彼なりの挨拶だったのだろう。


『ありがとうございます、お父様』


 美花メイファは誰もいない暗闇に向かって、小さく頭を下げた。



 

        ◆




 寿虎府まで王都から馬車でなら五日。しかし、項淑妃の離宮は少し王都側に近いことと、馬車ではなく馬を使ったことにより、二日で辿り付くことができた。


(つ……疲れた……っ!)


 離宮に着く頃には、美花メイファは三日三晩不眠不休で畑を耕し続けた農夫のように、精も根も尽き果ててぐったりとしていた。

 旅路では色々とありすぎたが、かいつまんで言うと、飛訓フェイシン六竜リウロンがとっても気持ち悪かったのだ。二人とも笑顔で会話しているのに、言葉の裏に棘があるというか。ぬかるんだ泥の上に綺麗な絹を敷いただけの、上辺だけの会話というか。下手に足を踏み入れると、美しい絹ごと泥の中に飲み込まれてしまいそうな、そんな危うさが常に付き纏っていた。


(不安はあったけど、まさかここまで見事に予想を裏切らないなんて……)


 それは、いよいよ王都を出ようとしていた時――。




『本当に馬で行くのか?』

『悠長に旅なんてしてられないもの』


 禁軍武官に嗅ぎつけられたくなく、今回の項淑妃訪問については秘密とされていた。知っているのは項中書令くらいだ。できるだけ王宮を空ける期間は短くしたい。


『では馬は良いとして、陛下……いえ、美花メイファが怪我してはいけないので、私の馬に乗ってください。あなたくらいの軽さなら大した負担にもなりません』


 言うやいなや、飛訓フェイシン美花メイファの返事も待たず、ヒョイと抱え上げて自分の馬の上に乗せたのだ。いきなりのことに、目を丸くしてちょこんと飛訓フェイシンと馬首の間に収まる美花。


『……いきなりはやめてちょうだい、飛訓』

『失礼。善処します』


 失礼など微塵も思ってなさそうな、ただただ人好きのする笑みで言われ、美花は片眉を下げた。

 馬くらい駆れるのだが、まあ乗せてくれるのならありがたく乗せてもらおう、などと思っていると、今度は腕を横から引っ張られ、ズルッと馬上から滑り落ちた。


『きゃあ!』


 しかし、痛みは襲ってこず、気付けば地上にいた六竜リウロンに抱き留められていた。


『そういう理由なら、美花メイファはこちらで預かろう。何かあった場合こそ、護衛兵でもあるお前が戦わないといけないからな。美花がいたら存分に動けまい』

『はは、私は禁軍武官ですから。その程度障害にもなりませんよ』

『お前の障害にならなくとも、美花メイファが危ない』

『…………』

『…………』


(え、えぇぇ……)


 六竜リウロンの肩にしがみつく形で抱き留められているため、背後にいる二人の表情はわからないのだが、わからないままのほうが良いと本能が言っていた。背中が不穏な空気にピリピリする。

 結局、美花メイファは『面倒だから自分で乗るわっ!』と、もう一頭馬を調達してきたのだった。王都を出る前からこれなのだ。その先のことは言わずもがなだった。





 そうして、途中の街で宿を取りながらやって来た項淑妃の離宮。


「久しいわね、六竜リウロン


 やはり、他に行動が漏れるようなことは避けたかったため、先触れは出さなかった。しかし、六竜リウロンの名を告げるとすんなりと入ることができた。連れてきたのは正解だったようだ。

 通された部屋にやってきた美女――項淑妃は、結い上げた亜麻色の髪と白月を思わせる白い肌をしていた。目は細く派手な顔貌ではないが、佇む姿はまるで冴えた一輪の百合のようだ。はっきりとした顔立ちの六竜リウロンは、きっと先帝に似たのだろう。


「ご無沙汰しております、母上」

「いきなり来るだなんて珍しい……しかも、聞いたところ、あなたと後ろの二人だけのようね」


 項淑妃が六竜リウロンの背後を一瞥した。

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