あなたまで、なんなのよ!?

 すっかりお決まりとなった、長牀での横並びの座り方。

 ずいっと座面を滑って、六竜リウロンが顔を近づけてくる。その表情は、冷笑と言えるほどに冷ややかだ。


「まさかとは思うが、お前……あの護衛兵に正体がばれたなんてことはないよなあ?」

「それで、項淑妃は寿虎府の近くの離宮だったっけ」

「下手くそ過ぎんだろ」


 間髪容れず、頭を鷲づかみされる。


「お、ま、え、なぁっ! どうりで、あいつのお前を見る目が前と違うと思ったんだよ!」

「きゃぁー!」


 こめかみにぶっとい青筋が走っている。怖い。とても怖い。


「不可抗力だったのよ! 毒のせいで抵抗もできなかったし、緊急事態だったのよ!」

「む……毒か」


 六竜リウロンの宮で盛られた毒の件で、やむを得ない状況になったのだと察したようで、六竜リウロンは渋そうに口を横一文字に引き結んだ。


「大丈夫よ。飛訓は虎文に絶対的な忠誠を誓ってるから、ばらすようなことはないわ」


 その他に色々と問題はあるけど……。

 そこは言わない。面倒くさくなりそうだし。


「あいつは確かに兄上が皇太子時代からの護衛だからな。そこの心配はしてないが……」


 やっと頭に食い込んでいた手を離してくれた。その代わり、六竜リウロンの瞼が一段と重くなる。


「まさか、母上を訪ねるのは二人だけ、なんて言わないよな?」

「そのつもりだったけど……」


 公務で訪ねるわけではないし。何より、皇帝として訪ねたらまた禁軍が護衛に出て来る。そうなれば、護衛と称して旅路で命を狙われる可能性が高くなるのだ。日華殿の中よりも格段に身を守るのが難しくなる。だから、私的にひっそりと訪ねるつもりだったのだが。


「皇帝は体調を崩してるってことにして、あなたに代理を頼もうと思ってたのよ」

「嫌だ」

「嫌だって、そんな孺子こどもみたいに」

「ジジイはお前が……皇帝が母上を訪ねることは知ってるんだろ」


 ジジイ……項中書令のことか。


「ええ」

「だったら、お前がいなくなっても、事情を知ってるジジイが上手くやるだろうさ。だから……」

「だから?」

「俺も行く。母上に会うのも、俺がいたほうが色々滞りなく済むだろ」

「んー……まあ、そうかもね。息子のあなたが訪ねていったほうが、項淑妃も警戒しないでしょうし。色々と聞かせてくれるかもね」


 飛訓も六竜リウロン美花メイファの正体は知っている。飛訓にいたっては、美花メイファが虎文の妹であり、狗哭という暗殺集団に属しているというところまでは知らないが。狗哭の存在はいくら飛訓でも、皇家の者にしか教えられない。


「じゃあ、訪ねる日が決まったら改めて知らせる――わぁあっ!?」


 さて、と美花メイファは肩に流れた髪を背に払い、立ち上がろうとした。のだが、いきなり腕を引かれて六竜リウロンの膝の上に腰を落とした。


「おいおい、冗談きついぞ……姉上様」

「何がよ、六竜リウロン!? いきなり引っ張らないでちょうだい、驚くじゃないの」


 背後から腰に巻き付く六竜リウロンの腕を外すよう引っ張るが、外れる気配はない。肩越しに彼を睨んでみるが目は合わず、彼は顔よりも少し下を見ていた。

 何かそこにあるのか。


「随分と行儀の悪い虫が出たようだな。俺のほうが先にお前のことを知ってたのによ……」

「ぐっ……ちょっと六竜リウロンっ、苦し」


 後ろから襟を引っ張られ、喉が締まる。


「……お前が悪いんだからな。ちょっとくらい我慢しろよ」


 何を、と思っていたら、六竜リウロンはクアッと大口を開け、字のごとく犬歯を剥いた。

「えっ!?」と驚きに声を上げたのと同時、首筋に噛みつかれ――はしなかった。彼は「ぐっ」とくぐもった呻き声を漏らしたかと思ったら、ぐったりとして長牀にすべり落ちた。


「まったく、平和ボケしたかのう」

「ったく、油断も隙もあらへんわ」

「――っお、お父様!? それに、久里ジウリ!?」


 振り返った先には、懐かしい顔があった。




――――――――――――――

ミステリ部分折り返しにきましたね。

お付き合いくださりありがとうございます!

よろしければ最新話の下、もしくは、作品トップページの下からレビュー★をいれていただけますととっても嬉しいです。

あと半分完走がんばります!

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