淑妃に会いに行こうと思うのだけど……
彼は、轟尚書令の件もあったし敵だとは思えないが、はっきりと味方とも言えなかった。
いよいよ飽和して緊張が身体の中にまで染みはじめた頃、項中書令が「まったく」と肩をすくめた。
「まっすぐと言いますか……私だから良いものを、他の者にはそのような直球な聞き方はなさいませんよう。陛下が狙われているのは知っていました。しかし、それはどの皇帝も通る道。先帝陛下だとて同じでしたよ。もし、状況を受け入れ死を待つだけの皇帝でしたら、我が孫を帝位につけてやろうかとも思いました。孫のほうがまだ気骨があるというもの」
「お前……」
危ない発言をする。今この場で首を飛ばされても文句は言えない発言だ。しかし、項中書令は飄々と続ける。
「まあ、あの孫は玉座にはとんと興味がないようですので、勧めて大人しく座るとは思いませんが」
「
フッと目元がすぼめられた。老獪な朝臣が、街でよく見かけた好々爺のように見えた。意味深な微笑みも、皮肉げな笑みそこにはない。はじめて素の項中書令を見た気がした。
「陛下、よくぞ耐えられました」
「ああ……」
耐えたのは
(さっさと狗哭を頼れば良かったのに……本当、責任感ってより強情なお兄様なんだから)
その兄を王宮に戻すためにも、早く黒幕は捕まえねばならない。
「轟尚書令だけで終わったわけではない。項中書令、お前を信じて話す」
「それと、私だけでなく皇太后殿下にも毒が盛られている」
「なんですと!」
「母上は、犯人の目的はおそらく現政権の失墜だと言っていた。そして、私と母上の両方を恨んでいる者の犯行とも。母上を恨む者に心当たりはないか、項中書令。今の状況ならわかるが、先帝時代のこととなると、私よりもお前のほうが詳しいだろう」
皇后時代ならまだしも、皇太后になってからも毒を盛るとは、よほど犯人の恨みが深いとみえる。
項中書令も同じ事を考えているのか、視線を一点に留め沈思している。
「……心当たりはあるか?」
ややあって、彼は「ありますね」とボソリと答えた。
「先帝陛下の后妃であった賢妃……名を
「蘭仙……」
「彼女は皇太后様により、後宮を身ひとつで追放された后妃です。貴族家の娘であり、矜持の高かった彼女にとっては、追放など死よりも屈辱だったことでしょう」
「その蘭仙妃の行方は!」
項中書令は首を横に振った。駄目か、と思ったのも束の間。
「ただし、当時、彼女と一番親交があった后妃ならば知っております」
「何っ、誰だ項中書令!」
「先帝の淑妃であり、私の娘であり、
◆
夜、日華殿の寝室。もしかしたら、と思っていたら案の定彼はやって来た。
「今回は、身体はなんともないようだな」
やって来た
「そうして殊勝な態度をしてると、弟らしくて可愛いわよ」
目線を上げた彼は「なんだそりゃ」と、弱々しく微笑んだ。
「は? 母上に会いに行く?」
皇太后の毒の件と、項中書令から聞いた彼女を憎んでいそうな人物――蘭賢妃について話した。そして、追放された彼女の行方を知っていそうなのが、彼の母親である項淑妃であることについても。
「先帝時代の宮女達は、冷宮の宮女になるか在野に戻ったと聞くわ。子をもうけたいくらかの后妃だけが尼寺や離宮を与えられたらしいわね。項淑妃は四夫人で
殉葬妃とは、その昔、皇帝の子が宿せなかった后妃の存在を消すため、皇帝が亡くなると、同じ陵墓にその后妃達も全員一緒に埋葬してしまったのがはじまりだ。
さすがに今では子を産めなかった全ての后妃を……ということはないが、品階の高い者の中には、皇帝の子を産めなかった恥者として、実家に戻っても受け入れてもらえない后妃もいる。しかし、殉葬妃になれば、死後の国まで皇帝に付き従った良妻とされ、一族の栄誉とされたのだ。
冷宮で、次代の後宮の下女のような仕事をするより、実家に戻って冷遇を受けるより、一族の栄誉となることを選ぶ后妃は少なくない。
「賢妃が生きているかはわからないけど、淑妃に聞いてみる価値はあると思うのよ」
ごもっとも、と
しかし――。
「で、だ。そんなことよりもだ」
「え、突然何?」
強引に話題を変えられる。
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