ようこそ。聞きたいことがあるんだ

「じゃあ、私は戻る。六竜リウロン、妃は大切にしろよ」

「……かしこまりました、兄上」


 不承不承だとわかる声と顔で言われ、美花メイファは苦笑を漏らした。

 思ったよりもハキハキとした后妃だったなあ、などと今し方会った后妃について感想を巡らしながら、皇嗣宮の門を抜けた瞬間。


(――っ!?)


 思わず美花メイファは振り返ってしまった。皇嗣宮門の衛兵が驚いた顔をしていた。


(今のは……殺気……)


 しかし、皇嗣宮の内側にはもう六竜リウロンも雲蘭も見えない。傍らの衛兵は、美花メイファの行動の意味が分からないと首を傾げている。


(刺客か……それとも……)


 美花メイファはチリと弾かれたような痛みのする首後ろを一度撫で、急ぎ足で日華殿へと戻った。



 

        ◆




 寝室の窓の外からは、ホウホウと梟の鳴き声が聞こえていた。夜の静寂さが、わびしさを帯びる。


「やあやあやあ、久しぶりだな。長く王宮を空けていてすまなかった。私に会えなくてさぞ寂しかっただろう? もしや、幾度か空の寝室を訪ねたとか……あははっ、それはすまないことをした。無駄足ご苦労だったね――おっと、舌は噛ませないよ。知っているさ、お前達が口を割らないことは。割らない口は喋らせるより塞いだほうが良い。これからの返答は何も言わなくていいぞ。頭だけ縦か横かに揺らすだけで良い。なあに、私を殺すよりもはるかに簡単だ。馬鹿でもできるんだ。私にお前達が馬鹿ではないと証明してくれ」


 美花メイファは襲ってきた刺客の膝を折らせ、後ろ手に腕を拘束した。口には刺客が何か喋る前に帯を詰める。喋ることもできないが、これで舌を噛むこともできまい。

 単純な力勝負では敵わないが、縛って足の動きを封じてしまえばあとは容易い。


「さて、お前はこれに見覚えがあるか?」


 刺客に、寿鼠府の温泉で射られた矢を見せる。刺客は僅かに頭をそらした。


「……何か知っているな?」


 しまったと後悔したのか、刺客は一切の反応を見せなくなってしまった。しかし、それではこちらが困る。美花メイファは肩をすくめると、背後から刺客の耳元に口を寄せた。


「今までの者達はさ、すぐに死ねたからよかったけど君はどうだろうね? 狗哭って知ってるかい? 皇家直属の暗殺部隊だよ」


 刺客の目が、目の縁を滑って横目で美花メイファを捉えた。皇帝と瓜二つだが、凄艶な笑みを浮かべる、皇帝らしからぬその存在を。刺客の瞳孔がきゅうと小さくなった。


「私がなぜ急にそんな話をしたか分かるね? が何をしても決して裁かれることはない。何をしてもだ。誰も止めないし咎めない。明日には君の存在すらなかったことになっている」


 はっ、はっ、と刺客の息が浅くなる。胸が小刻みに上下している。


「さて、君が馬鹿でないことを祈るよ」




 

 

 恐怖に侵された刺客は、口を解放した瞬間、間があくのを恐れるようにごうごうと喋った。


 矢は、暗殺者達の中でも南部のほうでよく使われているものらしい。刺客も南の出身だから間違いはないと言う。そして、まさか彼ら刺客は『皇帝』が標的とは聞かされていなかったらしい。王宮にいる上級官吏の殺害を依頼されただけだと言い張った。確かに、王宮の内側など普通の者はどうなっているか知りようがない。商人が幾分か入ることもあるが、それでも外朝や後宮の一部までだ。おそらく、外朝や内朝があるということすら知らないだろう。


 大抵は、王宮にいる者は皆偉い――その程度の認識だ。ましてや、この国のほとんどの者は皇帝の顔すら知らない。頷けた話だった。

 しかし、貴人殺害程度で命を賭けるものなのか。

 それについて、刺客は母親を人質に取られているから失敗はできなかったと、嗚咽を漏らしながら言った。


「お前達は組織なのか。それとも流れの暗殺者か」

「他は知らねえが、俺はどこにも属してねえ。だが他にもここに来たんだとすると、多分俺と同じく流れだろうさ。俺たちは個人で動くから身軽だが情報が少ねえ。だから細々とした依頼しか受けてこなかったのに……皇帝が目標だなんて知ってたら絶対受けなかった! いきなりやって来てよ……しかも断れば家族がどうなるかわからないと脅しやがって……っ」


 やはりか、と美花メイファは内心で頷いた。


「では、そのやって来たという雇い主は誰だ?」

「しっ、知らねえ! 名も分からねえんだ」


 刺客は小刻みに首を横に振る。


「ほっ、本当だ! で、でも、相手は若い男だった! しかも、ありゃ顔は隠してたが、裏に住んでる奴じゃねえ!」

「なぜそう思う」

「きったねぇ外套がいとう羽織ってたが、良い匂い……いや、良いって言うのはこうとかじゃなくて、まともな場所の匂いっていうか……とにかく、裏に住む奴の匂いじゃなかった! それに、チラッと見えた外套の下は上等な生地だったよ!」


 若い男で、並以上の暮らし。しかし、香が香るような場所で暮らしている。完全に謎かけだろう。


「お前は暗殺者だろう。そんな品の良い男など、殺して逃げることもできたはずだ」

「俺も最初はそうしようとしたさ。だが、小刀を取り出す暇もありゃしなかった。気付いたら組み伏せられてた」

「体術の手練れか」

「体術ってより武術だ。腰に剣を佩いてた。不意打ちなら俺のが強いが、真正面だと勝ち目はねえよ」


 美花メイファは「ん?」と己の顎を撫でた。どこかで聞いたことあるような特徴だ。



――――――――――――――――――――――

明日の17:10から新連載を開始します。初日は三話更新します。

中華風ファンタジーものです。が! まったくこちらと毛色が違います。

子牛と子兎がヒロインです。

【異世界後宮のお料理番~神の力を授かったので飯テロ生活はじめます~】


(あらすじ)

「芋娘」と出会い頭に言われた、メガネっ娘の後宮もふもふお料理スローライフ!

後宮なのに、こんなのほほんとしてていいのかな?


車に轢かれそうになっていた白くて大きな犬を助けたら、『清槐皇国』って国の後宮に転がってた私。意味が分からない。

しかも、いきなり現れた長官っていうイケメンに不審者扱いされて殺されそうになるし、犬だと思って助けようとした犬は犬じゃなくて神様で、この国で暮らすようにって言われるし、しかも、私には特別な力があるみたいで巫女様って呼ばれるしで……。私、ただの平民ですよ???


ひとまず、与えられた屋敷で趣味のお料理してたら、鬼の長官も、神様も、ツンデレな后妃様も、皇帝陛下も皇后様もみんな集まってくる!!?

優しい侍女付き豪邸住まい。

上げ膳据え膳、趣味の料理もどうぞご自由に。

困ったことは神様の力を借りて即解決!


もしかして私、最高の生活を手に入れました!!!!!?


…………

というようなノンストレスストーリー!

もふもふ、料理、優しい美女、イケメン、皆優しい、神様も集まってくる。

影可憐と正反対ですね。

ぜひ、毎日に疲れたと思ったら、ひたすら料理して穏やかな毎日を過ごす後宮スローライフで癒されてください。かっわいい牛と兎が正ヒロインです。

よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る