王弟殿下の第一妃

「はぁ……本当お前は……自分が男だらけの中にいるって自覚してくれ」

「あら、心配してくれたの? 優しい弟だわ」

「ふざけんな」

「うにゅッ!」


 頬を鷲づかみにされた。


「あの状況、普通の男だったら気付くぞ。今回はたまたま襲撃を受けたっていう衝撃のほうがでかすぎて、注意が逸れただけだ」

「で、でも、飛訓はたんに言い間違えただけだって……」

「そりゃ、皇帝と寵妃を重ねました、なんて素直に言う奴がいるか」


 それもそうだ。


「……それで、どこまで六竜リウロンはのぞき見してたのよ……」

「ひっ、人を下世話な奴みたいに言うなよ! 気まぐれに見たら、お前が温泉にいたんだろうがっ。すぐに雲蘭に話しかけられて、お前と護衛兵が抱き合ってる一瞬しか見てねえよ」


「抱き合ってない」と認識を訂正させるが、美花メイファはその後にやって来た久里を見られたわけではないと知り少し安堵した。


 六竜リウロンも皇家の血を引いているし狗哭のことも知っているから、見られても問題はないのだが、彼がいる時というと、ちょうどさらしを締めていた時だ。どのような見え方をするのかは分からないが、鳥の目を借りたようなと以前言っていたことから、全景が見えるのだろう。さすがに弟といえどもそれは恥ずかしすぎる。


「それで、その矢を射た犯人の手がかりは見つけられなかったのか?」

「んー……射た者は男で相応に鍛えてるってのは分かったわよ」

「ハッ、王宮だけでも男はウン千人いるし禁軍なんか全員鍛えてるし、それは大層な手がかりだな」


 確かに、今までの状況をひっくり返せるような手がかりではない。


「あっねえ、雲蘭ってのはあなたの后妃?」


 六竜リウロンは「ああ、そうだが」と、むっすりとした声で言う。


「母親が選んで最初に入宮させた女だ。だが、それがどうしたよ」

「ちょうど良いわ。弟の后妃なら兄が挨拶するのも不自然じゃないでしょう」


 たちまち六竜リウロンの瞼が重くなる。何を考えている、といった様子だ。


「兄上様を皇嗣宮に連れてってちょうだいな」



 

        ◆



 

「お前、雲蘭に挨拶したいわけじゃないだろう」


 皇嗣宮の中を歩きながら、六竜リウロンがじろりと湿った目で見下ろしてくる。


六竜リウロン、言葉」と彼の言葉遣いを注意すれば、彼は口を歪めた。


 雲蘭に挨拶をしたいと思ったのは嘘ではない。六竜リウロンのようなクセが強い者の后妃はどのような者か、興味があったからだ。ただ、それが目的ではないのは確かである。

 美花メイファが皇嗣宮を訪れた目的は、内朝において、後宮以外に唯一女が住む場所だからだ。


(皇后宮で毒を盛ったとされる侍女……飛訓が気付いて追った時には行方をくらましていたってことだけど、もし後宮内じゃなくて皇嗣宮へ逃げていたら、いくら探しても見つかるはずがないのよね)


 よく考えたら後宮は花美人としても見回ってきたが、皇嗣宮は手付かずだった。


「やっぱり、後宮ほどは広くないようだな」

「そりゃそうだ。結局仮の住まいだからな。皇帝になるか、王としてどこぞの地方へ出るまでだしな」


 聞けば后妃も三人しかいないらしい。その中で、母親が選んだ最初の妃ともなれば、思い入れも強いだろう。


「なあ、兄上が戻ってきたら」


「だから、言葉には気を」つけろ、と言おうとした美花メイファの顔を六竜リウロンの手が包んだ。


「俺の後宮にでも入れてやろうか」


 思わず息を呑んだ。


「だから、兄弟だって言ってるだろ」


 腰を折って顔を近づけてくる六竜リウロンの目が笑っていなかった。いつも斜に構えた、人を皮肉った笑いを浮かべている彼が、至極真面目な顔してこちらの瞳を覗き込んでいた。


「どっかの国じゃ、王家の血を分散させないように兄妹で結婚するのも当たり前なんだとか。それに比べりゃ、半分のこっちのほうが健全だろ」

「馬鹿言うな。私は元いた場所に戻るだけだ。……私は亡霊だ……本来ここで生きていて良い存在ではない」

「どういう意味だ」


 それは、と美花メイファが言いよどんだ時、きららかな声が彼の身体の向こうから飛んできた。


「まあ、殿下。お戻りでしたのねぇ」


 六竜リウロンの手が離れ、美花メイファは密かにホッと胸をなで下ろす。


「あら、どなたかご一緒に? って、陛下!」


 六竜リウロンの影から顔を出せば、侍女を連れてやって来た后妃は、たちまちに膝を折った。六竜リウロンが「雲蘭」と呼んだ。つまり彼女が六竜リウロンの第一妃か。

 顔を上げるよう言い、立ち上がった彼女を見る。自分とは正反対だなと美花メイファは思った。さすがは六竜リウロンの母親――淑妃の選んだ者だ。実に女らしく美しい。


「あなたが雲蘭だね。六竜リウロンから話は聞いているよ」


 隣から六竜リウロンから、『そんな話はしてないだろ』とでも言いたげなジリジリとした視線を感じるが、社交辞令というものだから理解してほしい。


「まあ、お恥ずかしい。陛下も耳にしていた噂と違い、ご壮健で何よりですわ」

「少し体調を崩しただけだよ。今じゃこの通り、地方への視察もできるくらいだ」


 ふふ、と雲蘭は袖で口元を隠して淑やかに笑った。




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30日の17:10から新連載を開始します。

初日は三話更新します。

中華風ファンタジーものです。が! まったくこちらと毛色が違います。

子牛と子兎がヒロインです。

【異世界後宮のお料理番~神の力を授かったので飯テロ生活はじめます~】


後宮なのに!こんなに!何もおこらなくて!いいの!?

皇帝の奥さん達が愛をめぐって競い合う場所だって思ってたのに…私めちゃくちゃ快適なのだが??

後宮の真ん中でスローライフはじまった。


自分とこの敷地に畑つくるし

もっふもふの神様達に膝の上占領されるし 

上げ膳据え膳、趣味までやりたい放題、神様の力もつかえるし、侍女まで仕えてくれるし

え??私が国を救う巫女???

え〜そんなことある〜?

ないって。とりあえず、作ったフランチマントウ食べよ。ね、鬼の長官殿?


後宮で最高極上のスローライフ!

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