黒幕は外のものだと思っていた
「お、俺が知ってることは全部喋ったぞ! なあ、頼むよ。皇帝が偽物だなんて誰にも言わねえから解放してくれよぉ」
刺客は情けなく尻が伸びた声を出していた。まさに、懇願だ。
「母親が心配なんだよ。戻ったらすぐに母親を連れて、どっか遠い街に身を隠すって」
このような仕事を生業にしているわりには、情に篤いことだ。
いや、狗哭も暗殺を生業にしているが、身内には皆あまいところがある。身内以外には冷めているというのが、もしかしたら暗殺者のひとつの特徴なのかもしれない。
身内で裏切りや腹の探り合いが横行していたら仕事にならない、という事情が関係していると思う。いつ誰を刺して、誰に刺されるかわからない世界だ。せめて背中を預けたものや、腕に抱いたものからは刺されないようにという防衛本能が、そうさせているのだろう。
男の表情があからさまに緩んだ。
「安心しろ。母親は狗哭のものが安全な場所に逃がすさ。だから安心して……眠れ」
男はひと言も声を上げる暇なく、ドシャリと顔から床に倒れると絶命した。
依頼主は任務失敗で戻ってきた暗殺者を、再び使うことはしないだろう。どのみち、戻ったところで彼に待つのは死のみだ。その時は母親も一緒だろう。であれば、まだ母親だけでも生き残る道のほうが、彼もすこしは浮かばれるというもの。
「悪いわね。狗哭の存在や、私が偽物ってことを知った人間を生かしてはおけないのよ」
そして、彼女の脳内は依頼主――おそらく黒幕と思われるものをはじき出す。
刺客の話を聞いて、頭に浮かんだのは寿鼠府で襲ってきた者のことだ。その時の刺客と今回の床で寝ているこの刺客は別人だ。おそらく、寿鼠府の時の刺客のほうが、この者よりも数段優れている。
あの刺客もいつも通りただの雇われ暗殺者だと思っていたのだが、もしかして黒幕本人だったのではという疑惑が浮上したのだ。
暗殺術というのは、誰しもが身につけられるわけではない。やはり適性が必要だ。狗哭でも適性が薄い者は諜報や潜入部隊に回される。暗殺者の矢を使えるほど適性がある者で、かつ武術の心得もある。
そして、
『――王宮だけでも男はウン千人いるし禁軍なんか全員鍛えてるし、それは大層な手がかりだな』
おそらく、彼はこの言葉にさほど意味など込めていない。『王宮ですら該当者がこれだけいるのに、この国の中に刺客と思われる者がどれだけいるんだろうな』という意味の皮肉で言っただけだ。
だが――。
「私の馬鹿……っ」
忘れていた。
轟尚書令を処断し、周囲の者も自分を崇敬するような目で見るようになっていたから、いつの間にか無意識に候補から外していた。
黒幕は外部にいると思い込んでいた。
美花は一目散に日華殿を飛び出した。
◆
美花がやって来た場所は、王宮勤めの武官達が過ごす官舎だった。
夜だというのに突然現れた夜着姿の皇帝に、夜番で起きていた者達の間でちょっとした騒ぎがおこった。皇帝の「
起こしに来た武官の言葉に、半信半疑といった様子で部屋から出てきた
美花が少し話があると言うと、
「官舎の敷地内なので危険はないですし、こちら側の壁には窓がなく、部屋にいる者達に話し声は聞こえません」
灰白色の
「今襲われたら危ないな」
「それはこっちの台詞ですよ。そのような格好でいきなりどうされたんですか。あまりにも危機感がなさすぎます」
そして、美花はいきなり本題を口にした。
「皇帝暗殺の黒幕は禁軍内にいる」
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