幼い皇太子と若い護衛兵の出会い
『あの日』のことを、
彼が、虎文という頼りない皇太子に、心からの忠誠を誓ったあの日のことを――。
禁軍
せっかく禁軍という武官の誉れと言われる軍に入れ、周囲の者達の技量の高さや、皇帝直属で王都ならず国そのものを守るという使命感の高さに、やりがいに胸を高揚させていた時、いきなり上司から六率府の異動を命じられた。
六率府の役目は皇太子の護衛である。
役目としては当然大事なものだ。しかし、正直広野に出て干戈を交えるわけでもなし、外敵などいない王宮内の皇太子宮で護衛対象について回るだけ。
『なんで俺が』と思った。そんなのは怪我して前線を離れた者にやらせてくれと、心の中で毒づいていた。
しかし、上司命令に否という返事ができるはずもなく、大人しく皇太子の護衛兵となった。
今の皇太子は、美童と噂されるほどに美しいと聞いていた。
年は十四だったか。
目の当たりにして、噂も時には真実を伝えることがあるのだな、と感心したものだ。
大人への扉に手をかけている年頃の彼は、少年の儚さを纏いながらも、青年の男らしい節くれ立ちはじめた姿をしていた。少年とも青年とも言えない曖昧さに、女のような美しい顔をもつ彼は、触れたら散ってしまいそうな霞のようだと思った。
と、同時に『これが次期皇帝か』と少々残念に思った。
今の皇帝は、どちらかというと彼と似ず雄々しい。チラと見たことがあるが、圧倒されるような威儀を発した人だった。
それに対し、まだ成長するとはいってもまるで姫様のようだった。
皇太子護衛の中でも、脇に侍るような護衛兵は交代制だった。
本当ならば十日に一度の役目だったはずなのに、皇太子と年が近いからという理由で三日に一回はまわってくるようになった。先輩命令だ。異議を訴えるのも面倒だったから、そのまま引き受けた。十日だろうと三日だろうと、小さな皇太子の隣について歩くだけだ。やりがいがないだけで、負担が増えるわけでもなかったし。
しかし、後に
その当時、太子は虎文や六竜の他にもいた。皆母親が違うため、滅多に会うことはなかったがそれなりの親交はあった。
ある日、第二太子付きの宦官が、茶と菓子を皇太子へと届けに来た。
『隣国のものでとても美味で、太子様がぜひに殿下にもと』
ヘラヘラと腰を曲げてへつらう宦官に、皇太子は礼を言って菓子と茶を受け取った。
『少々、茶の淹れ方が特殊でして、最初は私が見本として淹れてもよろしゅうございますか?』
『そうなのか。では、せっかくだから景色の良いところでいただこう』
皇太子、宦官、そして
宦官は確かに少々面倒な手順で茶を淹れ、方形の饅頭と一緒に皇太子の前に並べた。
『失礼』と、
まず茶を飲み、己の身体に異常がないか確認する。そして同じように菓子をひと口かじる。異常はなく、
皇太子は『これは美味いな』と頬張り、茶も菓子も食べきった。その様子を、宦官は『ええ、ええ』とにこやかに頷きながら傍で見守っていた。
『弟にも礼を伝えておいてくれ』
『……かしこまりました』
宦官は胸前で拱手とると、踵を返し庭木の向こう側へと姿を消した。
『なぜ第二太子様はご一緒でなかったんでしょうか。美味いというものなら、殿下と一緒に食べられたら良かったと思いますけどね。殿下もそう――』
『思うでしょう』と、皇太子の方へと顔を向けた瞬間、
『殿下っ!?』
皇太子は胸を押さえ、卓に倒れ込みぐったりとしていた。その額には脂汗が滲んでいる。顔色も次第に悪くなっていく。
『おき、声……出さ……い、で』
何が、と浮かんだ疑問は、瞬時に『毒だ』という答えによって追い出される。朝から皇太子の体調は良かった。先ほどまでなんでもなかった。この急激な悪化は毒でしかあり得ない。
『どこに……っ』
卓の上を見た。そこには、空になった茶器と皿のみが残されている。しかし、毒味なら自分がした。問題はなかったはずだ。実際に自分の身体はなんの異常も訴えていない。
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