護衛兵の口に出せない感情
皇帝の足音が遠ざかり、すっかり聞こえなくなる。暗がりでは、自分の息遣いくらいしか聞こえない。
「……何が、そこそこ酔っているだ」
酒など一滴も口にしていない。
皇帝の護衛兵なのだ。いついかなる時も即座に動けるよう、彼と一緒にいる時は飲まないようにしていた。
立てた膝の間で項垂れ、地面に向かってため息を吐き出す。頭をがりがりと雑に掻いたせいで痛みが走るが、それも今はちょうど良い。
胸の動悸は、この痛みのせいだ。
耳が熱いのは……彼の酒気に当てられたのだろう。
「あー……」
自然と眉間に皺が寄った。
何をやってるんだか、自分は。
彼があれほどに強い感情を出すのを、はじめて見た。昔から、感情を自らの内に抱え込んできた人だ。それも、彼の立場なら仕方ないと、自分もそういうものだと認めてきた。自分はそういった彼を傍で支えていくのだと、思い定めていた。
しかし今日、胸ぐらを掴まれ、噛みつくように叫ぶばれ、涙をボロボロと流す彼を見て、支えるのではなく、はじめて『守りたい』と思った。
それは、同じ『守りたい』という感情でも、護衛兵として、危険から守ると思い定めた時とはまったく異なるものだった。
いつもと変わりない自分の手だ。豆ができては破れを繰り返し硬くなった掌。剣を握って長い。
なのに、掌が覚えている感触は、剣の柄の無骨さよりも彼の肩の華奢さだった。
握りつぶしてしまえるほどの細さと頼りなさ。簡単に引き寄せられるほどに軽く、彼の抵抗など猫が暴れているくらいの可愛らしさ。そんなつもりはなかったが、覆い被さったらすっぽりと隠れてしまった彼を見て、このまま誰の目にも触れさせず隠してしまおうかと、一瞬危ない考えが脳裏をよぎった。
見上げて来る彼の純粋な目を見て、慌てて振り払ったが。
そして、自分でも驚いたのが、瞼を閉じた彼の姿に思わず欲情してしまったことだ。
顔を上向け、そっと瞼を閉じる姿からは、立ちくらみがするほど色香が匂い立っていた。次々とあふれて彼の目元を濡らす、朝露のように清廉な雫が自分の手を濡らしてく。彼の雫で濡れた己の指は、たまらなく扇情的な光景に見えた。
「――っ、男相手に何を俺は……」
自分は衆道ではなかったはず……いや、そのような趣味はなかったと断言できる。
武官として男所帯の中で過ごしてきたが、一度たりともそのような欲をかき立てられたことなどなかったのだ。
それに、彼とは皇太子の頃から一緒にいたというのに、なぜ今更こんな感情が芽生えるのか……。
「やはり、彼女と重ねてしまうからか……」
今日も彼女と同じ香りがした。いや、彼女が皇帝の香りをまとっているのか。
花美人を見れば皇帝を思い出し、皇帝を見れば花美人を思い出す。
彼女の笑顔に彼を重ね、彼の香りに彼女を重ねる。
「あー、クソッ! 頭がどうかなりそうだっ」
二人が似ているせいだ。
「……いっそのこと、ふたり一緒になってしまえば良いのに……」
馬鹿なこと言っているな、と
どちらにせよ、この感情は決して叶わぬもの。捨てるべきものなのだ。
「俺は、ただの皇帝の護衛兵だ」
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今まで一日二回更新してきましたが、物語の区切りもよろしいので
今回から一日一回更新になります。
朝7時過ぎに更新します。
また、カクコンに向けて転生中華を書いて連載を始めますので、もう少し先ですがそちらもどうぞよろしくお願いいたします!!!★を入れて応援していただけますと、嬉しいです!!本当、たすかります!!
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