彼の腕の中を心地好いと思ってしまったのは……
きっと
きっと
きっと
「……知っていたさ……捨てられていたと聞いてたんだから、自分が望まれてないことなんかとうに理解していたさ」
呟かれた消え入りそうな言葉は、雫と一緒にぽたりと地面に落ちて消える。
誰かに不要とされていても何も感じなかった。狗哭の者達は、皆そのような事情を背負った者達だから。
「でも……でも……っ、これは違うだろ…………っ」
捨てられたんじゃない。生まれたことをなかったことにされたんじゃない。自分は、大勢の者達に死を望まれた人間なのだ。
そして、唯一自分の生を望んでくれた人を殺した張本人だ。
「どうして……っ!」
分かっている。これは単なる八つ当たりだ。
消化したふりしてできていなかったのは自分のせいなのに、彼に憤りを浴びせるのは間違っている。
分かっている。分かっている。分かっている、のに、感情があふれて止まらないのだ。
ハハッと空笑い口を突いて出た。
「……こんな自分……自分でも望めな――――っあ」
何が、と想った瞬間には、
いや、実際は、すぐにそうだとは気づけなかった。何かに背中を押された――その程度にしか思わなかった。
倒れ込んだ彼の身体から離れることができなくてはじめて、押されたわけではなく、彼の腕が自分を抱きしめているのだと気付いた。
「飛……」
「そのようなことを言わないでください」
肩を抱く彼の手は、痛いくらいに強く強く握りしめていた。覆い被さるように抱かれているため、顔を上げることもできない。
「ちょっ……
手で押し返そうとしたら、さらに強く抱きしめられる。
影と同じ色の
トク、トク、と耳に響く鼓動は彼のだろうか。
抵抗しても彼の力に敵うはずもなく、
存外、強い力も一定を刻む音も、心地好いと感じてしまった。
夜の静寂が二人を包み、闇に溶かしていく。本当に自分も黒に溶けてしまったのかもしれない、などと思っていると、頭上から「俺は」と静かな声が降ってくる。
「あなたがいてくれることを望む者です」
頭を支える彼の指先が耳に触れ、夜風で冷えた耳には熱かった。
「俺では駄目ですか」
駄目とは何がだろうか。
「あなたが笑うようになってくれて、俺は安心しました。あなたが堂々と玉座に座っている姿が誇らしかった。あなたが……あの日から決して弱みを見せなかったあなたが、こうして俺に心を見せてくれて……嬉しかったんです。嬉しいんですよ、あなたの存在が」
「
背中を丸め、覗き込むようにして見下ろす彼の顔は、暗い中でさらに影が落ちてよくは見えない。
「俺があなたを望みますからっ。だから、泣かないでください」
指が下瞼を撫でるのがくすぐったくて、
直後、右目左目と交互に拭っていた彼の手が、ピタリと止まった。終わったのかと思って瞼を上げようとしたら……。
「わっ!」
先ほどまでの丁寧さはどこへ。突如、ゴシゴシと力強く目元を擦られた。見えないが、おそらく彼の腕で拭われている。
「っ泣かないでくださいよ、お願いですから……俺のためにも」
「い、痛い! 痛いって、
「俺も……自分がわからなくなることがあるんです。どうしたらいいか……どうして……こんな気持ちを抱いてるのかって……」
「なんの話だ、
「……俺にもわかりません」
やっと
「……やっぱり、同じ香りなんですね」
「香りがどうした」
彼の言葉に首を傾げて気付いた。いつの間にか、胸のグチャグチャした感情がなくなっていた。吐き出したおかげか、それとも彼に自分が望むからと言われたからか。
(――って、私、なんてことを……っ!)
考える余裕が出てきたからだろう。急に、自分のやったことが恥ずかしくなってきた。しかも、まだ彼の胸に甘えたままの体勢。
我慢ならず、
「――っ飛、
「あ」と、しまったと言わんばかりの声が聞こえた。
「いえ、これはその……陛下の専属護衛兵になるなら、相応の品格は保たないとと……」
見上げてみれば、
「お前が、品格ぅ? 嘘くさい笑みを貼り付けているお前が、品格なんか気にしても無駄だろ。ははっ、『私』なんて気取った言い方より、そっちのほうが随分と似合っているよ」
「嘘くさいとは失礼な。いつ私が嘘くさい笑みを――」と、
「陛下ーどちらですかーー?」
「……離席しすぎたようだな」
遠くから聞こえる声がうるさい分、互いに黙ってしまうと、相手の出方を窺うような焦れた空気が漂ってしまう。
先にその空気から脱したのは
声のする、明るい場所へと足を向ける。
「
暗がりから出ると、ちょうと探していた者が
「戻らないのか?」
しかし、
「私もそこそこ酔っているようですので、しっかりと覚ましてから行きます」
「そうか」
どこかホッとしている自分がいた。
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