気付いてほしくないのに、なんでお前は……
皇太后宮のこととは、先日毒入りの茶を出されたことについてだ。皇太后は内密にと言ったが、
それもこれも、もしかすると皇太后に毒を盛られるかも、と警戒しての策だったのだが。まさか、皇太后まで毒を盛られるとは思わなかった。いや、結局どちらの茶に毒が盛られていたのかは、不明なままとなった。犯人にしたら、どちらに当たろうが良かったのだし。
「よろしいわけはないが……だが、お前が探しても見つからなかったんだろう?」
悔しそうに、
「侍女達の話ですと、茶を運んだのは見ない顔の新人侍女がいたという話ですが、気付いた時には姿が見えなくなっていたと。私も、茶を運ぶ者を注視していたのですが……面目ありません。女ならば後宮から出ることはできません。まだ後宮内にいる可能性が高いですし、顔を覚えている者もいます。探した方がよろしいのでは……っ」
「いや、きっと見つからないさ」
(ということは、皇太后宮に内通者がいるわけではなく、都度送り込まれていたわけね)
もしかすると自分と同じように、暗殺者が侍女に変装して潜り込んでいたのかもしれない。そのような者が、いつまでも後宮内をうろついているはずがなかった。探すだけ無駄だ。
よっぽど手の込んだことをする黒幕だ。絶対に害してやるという強い意志を感じる。
「それに、人捜しなんてしたら、何かあったと言うようなものだからな」
ハハッ、と
すると、「陛下」と
「なんだ、
「何かありましたか」
「は?」
いきなり何を言い出すのか。
「変なことを聞くもんだな。別に何もないさ」
やはり彼も駆け足で、
「陛下、誰が気付かずとも私は気付きます」
「……お前が私の何を知る」
痛みがなければ、湧き上がる感情のままに彼に声を荒げていたに違いない。
「お前が知っている姿など、まやかしに過ぎないというのに」
そう、すべて偽物だ。自分は陛下でもないし虎文でもない。皆に望まれ、愛され、大切に育てられ、母の命を奪うことなどなかった兄とは、正反対の存在なのだ。
「陛下……?」
やめろと誰かが頭の中で叫んでいたが、すぐに塗りつぶされた。
腹が立った。
何も知らないくせに、踏み込んでこようとするな。
「お前に私の苦しみなどわかるはずがない」
それすら、腹が立つ材料にしかならなかった。
塗りつぶされた自意識が、まだもやめろと声を上げようとするが、一度開いた口は閉じることを拒む。
「せっかく……せっかく思い出さないようにしていたのに……これが終わるまでは忘れていようと思っていたのに……っ、どうして放っておいてくれないんだよっ!」
「――っぐ!」
ダンッと鈍い音が、狭い路地に響いた。
光が入らない路地は暗かった。しかし路地の先は、燈火によって明るさが保たれた通路となっており、互いの横顔を照らし出す程度には、明るくもある。
身体は闇に溶け込んだように見づらくなるが、表情はささやかな光源によって陰影を濃くし、いらないことに分かりやすくなっていた。
「自分の存在が、皆の大切な人を奪うことになったんだぞ! 望まれずに生きる者の気持ちが、お前にわかるかっ!」
何もないように上手く振る舞えていたのに。気付かれたところで何も言えないのに。
何も知らない振りをしていてほしかった。気付かないでほしかった。
どうあがいても、ここでは
(ははっ、もう手遅れかもしれないけど……)
今更だが顔を隠すようにして、
「お前だって……本当に必要としているのは、私なんかじゃないくせに……」
口から出た声は、自分でも嗤ってしまうくらい、か細かった。
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