美花が生きている理由③

「瑠貴妃様は、『美花として死なせるのなら、ひとりでは可哀想だから』と、止める間もなくご自身で身体を貫かれた」


(それって……)


 美花メイファは言葉が出なかった。


(それって、私のせいでお母様は死んだってこと……)


 李張は話を続ける。


「あまりに衝撃的な話だ。貴妃の死は産褥の悪化によるもの、そして双子など元より生まれていなかったとされたのだ。陛下は瑠貴妃が娘と共に心中したことに、ひどく心を痛められていた。そして、密かに噂を最初に流した者を探させたのだ。だが、噂など風と同じ。どこから吹いてきたものか、捜査は難航を極めて時間が掛かった。掛かったが、それから一年……これは皇后様の執念が大きかったな……ようやく、噂を流した者が見つかった。犯人は。瑠貴妃様と同じ四夫人の地位にあった賢妃だった」


 話が一段落したところで、李張は美花メイファの様子がおかしいことに気付いた。


美花メイファ……」


 美花メイファは静聴しているわけでもなく、ただ息をするのを忘れたかのように、抱えた膝に顔を埋め黙ったままだった。

 李張の呼びかけにも反応はない。


(双子は忌まれるって……本当のことじゃない……)


 自嘲に口端がヒクッと動いた。

 美花メイファという名は、本当の母親が名付けてくれたものだった。顔も声もぬくもりも、彼女がどのように生きたのかも知りはしないが、自分に名をつけてくれた、きっと自分を愛してくれていた温かな人。

 そんな人を、自分という存在は死に追いやったのだ。

 虎文だけが生まれていれば、きっと誰も泣かずにすんだはず。


(私のせいだ……)


 存在しなかったことにされても仕方ない。すべての原因が、自分が生まれたことなのだから。


美花メイファっ、だがワシは――」

「お父様」

美花メイファ……」

「ありがとうございます。分かりましたわ」


 抱いた膝から上げた美花メイファの顔は、憎まれ口を叩く時と同じくかんぜんとしていた。




        ◆




「偉大なる皇帝陛下にご挨拶いたします。寿鼠府督・ヨウでございます。この度は寿鼠府へお越しくださいまして、まことに幸甚に存じます」

「顔をあげよ、可府督。府督たっての希望だ。しっかりと見させてもらうとするよ」

「感謝いたします」


 美花メイファは、寿鼠府への視察に来ていた。

 轟尚書令が逮捕されたことで中央がやや慌ただしくなり、予定が後ろ倒しになっていたのだが、こうして無事に公務もできている。

 視察の主な顔ぶれは、六部の官吏と項中書令、そして護衛として禁軍の中で、皇帝巡幸に際して選抜された龍武軍の面々。新たに尚書令の地位に就いたミンイーという者は、尚書令の仕事に慣れることを優先させ、今回の視察には連れて来なかった。同じく門下省侍中であるハンユエも、中央の見守り役として置いてきている。


「では、陛下。酒宴の準備が整ってございますので、会場のほうへ」


 可府督のむっくりとした手に導かれるようにして、美花メイファは宴席へと向かった。






 長旅で疲れもあったのか、普段より酒がよく回った。

 可府督に上機嫌でようこそようこそと、ずっと酌をされていたのが酔いを早めたのかもしれない。他の者達はというと、豪華な料理や珍しい酒、そして寿鼠府で一番の花楼からやって来た妓女達に熱い接待を受けていた。


 酒で場が随分と賑やかになってきた頃合いを見計らって、美花メイファは夜風に当たると言って宴席を抜け出してきた。慌てて可府督が付いてこようとしたが、護衛がいるからいいと言って断った。

 もちろん、その護衛というのは飛訓フェイシンなのだが。


 やはり、大きな街とはいっても、王都よりかは灯は少なかった。

 寿兎府は王都を縮小した形となっている。街は城壁で囲まれ、その内側にさらに壁で囲まれた役所がある。役所の周囲には上級官吏の屋敷がずらりと並んでおり、役所から離れるに従って平民の家が多くなっていく。

 さすがに役所の外に出るのは憚られ、美花メイファは役所の壁内をただただ歩いていた。


 見上げた夜空には星がチカチカと瞬いている。酒のせいで身体が火照って仕方ないのだが、ほうと吐き出した息は白くなっていたから、きっと外気は冷たいのだろう。

「陛下」と、黙って付いてきていた飛訓フェイシンが声を掛けてきた。


「皇太后宮のことは、本当にそのままでよろしいのですか」


 美花メイファは足を止めた。


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