明らかになる黒幕の狙い

「どうにも、わたくしと虎文とを仲違いさせたいようだ。あなたの名で贈られてきたもののほぼは、大なり小なりわたくしを害するものが入っていた。ひと月前の菓子にも……」

「そんな……っ!」


 ひと月前といえば、既に美花メイファが虎文と入れ替わっていた頃だ。自分は一度だって彼女に贈り物などしていないし、何か贈ったとしても彼女を傷つける理由がない。誰かが、自分の名をかたっていたということだ。


「私は何も贈ってはいません! ……もしかして、それで私とは会ってくれなかったんですか」


 それは確かに会おとは思わない。

 しかし、彼女はゆるゆると首を横に振った。


「それは違うよ、虎文」


 いつの間にか、彼女は陛下ではなく虎文と呼ぶようになっていた。声からも圧は消えている。


「虎文が、わたくしに毒を贈るはずがないのは分かっていたからね。犯人の細工と理解していたさ」


 美花メイファを見つめる皇太后の目は、美花の育ての母親である明芳が、時折見せていた目にそっくりだった。母親の目だ。

 視線がこそばゆく、しかし、自分はそのような眼差しを向けられる本物でないこがいたたまれなく、美花メイファは目を逸らした。


「どうして、私と母上を仲違いさせる必要があったのでしょう」

「ひとつに、わたくしがあなたを愛しているからだろうね」


 皇太后の手が美花メイファの頬を撫でた。


「愛する子に毒を盛られているなど、普通なら心を病んでしまうよ」


 信じてはなかったけどね、と皇太后は鼻で嗤った。


「二つに、万が一わたくしがそれを信じたとしたら、あなたを玉座からおろす可能性ができるからだ。あなたには悪いが、まだ皇帝になって日が浅いあなたよりも、わたくしの言うことを聞く臣下のほうが多い。そして、あなたは優しい。わたくしが廃位を迫ったら、あなたは否とは言わないだろう」

「それは……」


 美花メイファならばもちろん拒絶するのだが、正直虎文ならば分からないと思ってしまった。


「そして三つに……おそらく、これが一番の目的だと思うが、今日のような状況では『仲違いしている』という噂は、お互いの命取りになる」


 チラと床の茶器を見遣った皇太后の言葉に、美花メイファはハッとした。

 人払い済みの部屋の中。もし、美花メイファが皇太后宮で倒れたら犯人は皇太后でしかなく、反対に皇太后が倒れたら犯人は美花メイファでしかない。

 茶に毒を盛ったのがどちらかでなくとも、証明できる者はいない。

 そこへ、互いが憎しみあっていたなどという事情が加味されてしまえば、第三者が毒を盛ったという線は、風の前の塵と同じだ。


(もし……私があのままさっさと部屋を離れていたら、私が皇后殺しの罪をかけられていたのね)


 改めに、皇太后がなぜ今まで皇帝と頑なに会わなかったか、理解できた。


「犯人の目的の第一は、私を玉座からおろすこと。そして、それにより母上も苦しめること……といった感じでしょうか」

「そうだね。どう転んでもわたくしに痛みがあるのを考えると、わたくし自身が憎まれているのも大きな理由だと思うが」

「はぁ、無駄に頭がきれる犯人ですよ」


 しかも今回は、血を吐くほどの毒を使ってきている。しっかりと機会を見計らって使用しているのを考えると、後宮内での動きも把握されているのだろう。皇太后宮に内通者がいるに違いない。

 皇太后が浅く咳き込んだのに気付いて、慌てて美花メイファは彼女の背をさすった。


「母上、ご気分は? 侍医を呼びますか」

「大事にしたくない。どこから噂が漏れるかは分からないからな」

「噂には尾ひれがつくものですしね」

「しっかりと王宮のことを分かってるな、虎文」


 彼女は満足そうに深く頷いた。


「母上、茶を運んで来た侍女の処分は、どのようになさるおつもりですか」

「どうもしないさ。今日この場は何もなかったのだから。というより、彼女は運んだだけで、何も知らなだろうし」


(でしょうね)


 自分に毒が盛られた時も、結局は女官を遡っても轟尚書令にはたどり着けなかったのだから。

 この用意周到さからして、おそらく自分に刺客を送ってきている者と同じだろう。彼女への刺客はないことから、やはり皇帝を殺す、もしくは権力が目的で間違いなさそうだ。


(それにしても、ただ権力を欲して虎文を殺そうとしてるかと思いきや、皇太后まで巻き込んでるってなると、少し話が違ってくるわね)


 とても一筋縄ではいかなそうだ。


(良かったわ。飛訓を行かせておいて)


「どうか、危ないことはなさらないでください。私がすべて解決いたしますから」


 元々なのか、それともよくあると言った毒のせいなのか、彼女の背中は薄い。

 豪華な衣装で身体の線を誤魔化しているが、背中の薄さからすると、痩せ細っているに違いない。

 彼女は自分とはまったく関わりのない他人なのに、不思議と庇護欲がこみ上げてきた。


「ふふ、あなたは本当……瑠葉によく似ているな」


 瑠葉は、自分と虎文の母親の名だ。瑠貴妃と呼ばれていたと記憶している。


「わたくしは瑠葉が大好きだった。あの者の優しさは、実に温かかった」


 過去の記憶に思い馳せながら言う彼女の顔は、宝物を抱いた少女のように無垢だった。


「正直、先代皇帝よりも彼女が亡くなった時のほうが辛かったな」

「そう……ですか」


 押し黙ってしまった美花メイファの背を、皇太后が「さあ、もう行きなさい」と押した。




     

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