第四章 偽物の存在理由
瑠貴妃の過去
寝台の上で、美花はうずくまるようにして膝を抱えていた。
ふわり、と耳元で微風を感じる。
「急に呼び出してどうしたんだ」
「……お父様……」
いつもなら顔を見るなり憎まれ口を叩く美花が、息を吐くのもやっとというほどにしか口を開かず、弱々しい声しか出さない姿を見て、李張は美花の頭へと手を伸ばした。
しかし、彼は何があったとは聞かない。
美花は頭を撫でる李張の手のぬくもりに、しばし目を閉じていた。そうして、微睡みから抜け出したように、ゆっくりと李張へと顔を向ける。
「瑠貴妃……私の本当のお母様は、どのような方だったのですか」
刹那、李張の瞼が強張ったのを、美花は見逃さなかった。
「お母様が亡くなられた原因はなんですか」
「わざわざ知る必要は――」
「お父様。私には知る権利があるはずですわ」
先回りして李張の逃げ道を塞いだ美花に、彼女の頭を撫でる李張の手は止まっていた。
「教えてくださいまし、お父様」
自分が李張と明芳の本当の娘でないことは、物心が付く頃には受け入れていた。二人は本当の両親でないことを隠そうとしなかったし、里で親がいない子など珍しいことでもなかった。
ただし、二人が美花の本当の両親――先代皇帝と瑠貴妃について話すことは一度たりともなかった。だからこそ、美花は皇家の血を引くことを知らずに育ったし、気にすることもなかった。しかし、今日、皇太后が瑠貴妃を語った時の表情を見て、はじめて興味が生まれた。
皇帝の寵妃であり、皇后にも皇帝よりも好きだったと言われる瑠貴妃は、いったいどのような人だったのか。そのような、誰にでも愛されていた人が、いつ、どうして死ななければならなかったのだろうか、という疑問をもった。
李張は美花に背を向け、天蓋を支えている寝台の柱に背を預けた。そして、深呼吸を一度すると、重々しそうに口を開いた。
瑠貴妃は、芙蓉にもたとえられるような女人だった。
后妃には珍しく、誰に対しても分け隔てなく優しい性根を持ち、しかし、どのような悪意を向けられても、楚々と笑って風に流す強い心も持っていた。
そんな凜として咲く彼女に皇帝が惚れ込んだのも、当然の成り行きだったのかもしれない。
皇帝には正妃である皇后がいた。
皇后もまた、瑠貴妃の清々しいたおやかさに惚れた者のひとりだった。
慣例通りにいけば、皇后の子が皇太子となるのだが、皇后と皇帝の間に子はできなかった。原因がどちらにあったのかは分からない。ただ、そういう巡り合わせだったのだ。その代わり、貴妃が皇帝の最初の子を身ごもった。
皇后は、自分は産めなかったが、瑠貴妃が産んでくれて良かったと心から祝った。
皇帝も、はじめての子の存在に大いに喜んだ。
しかし、後宮は喜び一色ではなかった。祝った后妃もいるが、それが本心からかはわからない。いや、表面上でも祝うだけましかもしれない。中にはあからさまに妬を向ける后妃もいた。特に、同じ四夫人の他の三人にとっては、瑠貴妃の妊娠は苦々しいものだっただろう。
様々な想いが渦巻く中、瑠貴妃は子を産んだ。
しかし、子は双子だった。瑠貴妃によく似た、可愛らしい男女の双子だったのだ。
貴人の双子は忌まれる。
赤子を取り上げた者達には、即座に箝口令が敷かれた。知るのは皇帝と皇后、産室にいた者達のみ。
男女の双子ということで、女の赤子は人知れず尼寺に預けられるはずだった。
しかし、現実はそうはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます