黒幕の目星

 フェイシンは、フーウェンが皇太子時代から護衛についていたという話だった。

 皇太子の護衛と皇帝の護衛は、受け持つ軍が違う。わざわざ皇太子時代の護衛をそのまま連れているということは、フーウェンがそれを望んだということだろう。


 その証左として、フェイシンはただの護衛兵ではない。

『専属護衛兵』であり、皇帝が行くところであれば、どこへでも付いて入れる。

 たとえそれが、男子禁制と言われている女の花園――後宮であろうが。

 例外的に後宮に入ることができる男もいるにはいるのだが、しかし、フーウェンはそれだけフェイシンを信頼して重用していたということになる。

 逆に言うと、フーウェンには王宮でフェイシンしか信用できる者がいなかったということ。


(……こんなに人であふれかえった場所でそれは……どうだったのかしら)


 とても心細かっただろうと思う。

 メイファは拳を握りしめた。

 兄の不遇が悔しくて仕方ない。


(でも、それとこれとは話が別なのよ……っ)


 フーウェンにとってはフェイシンが必要でも、メイファにとっては邪魔なだけだ。

 どこでも付いてこれるということは、メイファは常にばれないように気を張り続けなければならないということ。疲れることこの上ない。

 ふと、自分ならば傍にどのような者を置きたいかと考えたのだが、一瞬で『ひとりでなんでもできるし困らない』という答えが出て、あっという間に雑念は終了した。


「はぁ……もう倒れないさ。最近じゃ体調も良くなってきたし……見たら分かるだろう」


 今度は振り向いて、フェイシンにはっきりと顔を見せてやった。

 少しずつ化粧を薄くして、今では二日酔い程度の顔色の悪さだ。健康とは言えないが、以前よりもはるかに良い。


「それより、誰かさんが近いせいで、暑さで倒れる可能性のほうが高いかもな」


 これにはフェイシンも思うところがあったのか、無言で半歩だけ退がった。


(……食えない男)


 口端が引きつった。



 

        ◆




 朝政堂で行われる朝議では文官武官が入り交じって、中央官庁の長官達から報告を受けたり、施策を決めたりと国政の舵取りが行われる。

 メイファはひとつひとつの言葉を聞きながら、集う官吏達の顔を注意深く眺めていた。

 長い歴史から見て、皇帝暗殺を目論む理由で一番多いのは、『権力掌握するのに、皇帝が邪魔だから』である。

 しかし、皇帝を亡き者にしたからといって、自動的に権力が掌中に転がり込んでくることなどない。まずは、転がってきた権力を掴める地位にいる必要があるのだ。

 それを考えると、この場にいる者達は皆、権力を手に入れてもおかしくない地位におり、全員が容疑者となり得る。


(その中でも一番怪しいのは、やっぱり彼なのよね)


 チラッ、とメイファは斜め前に座る、初老の男に視線を滑らせた。

 皇帝であるフーウェンには、まだ子がいない。

 万が一、フーウェンが亡くなったら、次に玉座に座るのは『リウロン』という王弟である。妹もいるという話だが、公主は玉座にはつけないので除外だ。

 その王弟だが、実は中書省長官の孫でもある。


 照国には、宰相がいない。

 正しくは宰相位というものが存在せず、複数人で宰相という役目を担っている。

 担い手は、中央官庁の三本柱である中書省、門下省、尚書省の長官三人である。

 行政を担う三省の長官は、皇帝に次ぐ行政権力を持っていると言っても過言ではない。

 その宰相陣のひとりである中書省長官・シャンジョウの娘は、先代皇帝の淑妃であった。そして、淑妃の息子が六竜リウロンなのだ。

 貴妃の子であるフーウェンメイファにとっては、腹違いの弟となる。


(まあ、向こうは私の存在なんて知らないでしょうけど)


 王弟が皇帝になれば項中書令は皇帝の祖父となり、宰相陣の中でも頭ひとつ抜きん出た権力を手に入れることができる。


(つまり、項中書令の動向に一番注意しないといけないのよね)


 もちろん、黒幕が彼とは決まっていないので、彼以外にも常に気は配らないといけないのだが。

 メイファを正面に、左右一列に官達が並ぶ。

 品階の高い者ほどメイファに近い場所に座っており、注視すれば表情の揺らぎまでよく見える。

 項中書令はというと、議論が右に左にと交わされている中、岩のように黙して耳を傾けている。

 官達の動向を見守っているのか、それとも別のことを考えているのか。


(にしても、渋い美男ね)


 さすがは前淑妃の父親だ。

 後宮では、家柄もだが容姿が重要な審査項目になる。その中で最上位妃嬪である四夫人のひとりだった淑妃も、さぞ美しかったのだろう。

 思索にふけっていると、フッと顔に影が落ちた。


「陛下、大丈夫ですか」


 意識が思考の彼方に飛んでいた中、ボソリと耳元で囁かれ肩が跳ねた。


フェイシン……驚かさないでくれ」


 そうそう、専属護衛のフェイシンも朝議に参加している。

 参加というよりかは、場にいるだけだが。


「申し訳ありません、そのような意図はなかったのですが……一点を見つめたままぼんやりとされていましたので、体調が優れないのではと」


 良かった。どうでも良いことを考えていたのは、ばれなかったようだ。

 それにしても、よく見ている。


「退席なさいますか」

「いや、大丈夫だ。体調が悪いわけではなく、少々考え事をしていただけだから」


 誰が黒幕か分からないこの場で、『皇帝は朝議にも耐えられないほど体調を悪くしている』などと思われるわけにはいかない。ここぞとばかしに『もう少し!』と刺客や毒が増えるに違いない。

 ここは、黒幕の意思を挫くためにも、皇帝は健在であることを示さなければ。実際に健康なのだし。


 メイファは、両手をパンッと叩いた。

 空気が弾けた突然の大きな音に、白熱していた議論がピタリと止み、皆の視線が一斉にメイファへと向けられる。


「色々と活発な議論ができたようだな。それで、次に私が視察する寿じゅは、寿じゅ寿じゅのどちらかという話だな」


 隣でフェイシンが驚いている気配があった。フェイシンだけではない。集う官達皆が目を瞠っている。

 おそらくフーウェンは、音で議論を遮るような真似などしたことなかったのだろう。


(それどころかあんな体調だったし、きっと朝議は聞くだけで精一杯だったんでしょうね)


 メイファの考えを裏付けるように、皆の目は『聞いていたのか』と言っていた。

 隣のフェイシンでさえもだ。

 しかし、メイファは周囲の驚きなどよそに、話を進める。


――――――――

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