黒幕の目星
皇太子の護衛と皇帝の護衛は、受け持つ軍が違う。わざわざ皇太子時代の護衛をそのまま連れているということは、
その証左として、
『専属護衛兵』であり、皇帝が行くところであれば、どこへでも付いて入れる。
たとえそれが、男子禁制と言われている女の花園――後宮であろうが。
例外的に後宮に入ることができる男もいるにはいるのだが、しかし、
逆に言うと、
(……こんなに人であふれかえった場所でそれは……どうだったのかしら)
とても心細かっただろうと思う。
兄の不遇が悔しくて仕方ない。
(でも、それとこれとは話が別なのよ……っ)
どこでも付いてこれるということは、
ふと、自分ならば傍にどのような者を置きたいかと考えたのだが、一瞬で『ひとりでなんでもできるし困らない』という答えが出て、あっという間に雑念は終了した。
「はぁ……もう倒れないさ。最近じゃ体調も良くなってきたし……見たら分かるだろう」
今度は振り向いて、
少しずつ化粧を薄くして、今では二日酔い程度の顔色の悪さだ。健康とは言えないが、以前よりもはるかに良い。
「それより、誰かさんが近いせいで、暑さで倒れる可能性のほうが高いかもな」
これには
(……食えない男)
口端が引きつった。
◆
朝政堂で行われる朝議では文官武官が入り交じって、中央官庁の長官達から報告を受けたり、施策を決めたりと国政の舵取りが行われる。
長い歴史から見て、皇帝暗殺を目論む理由で一番多いのは、『権力掌握するのに、皇帝が邪魔だから』である。
しかし、皇帝を亡き者にしたからといって、自動的に権力が掌中に転がり込んでくることなどない。まずは、転がってきた権力を掴める地位にいる必要があるのだ。
それを考えると、この場にいる者達は皆、権力を手に入れてもおかしくない地位におり、全員が容疑者となり得る。
(その中でも一番怪しいのは、やっぱり彼なのよね)
チラッ、と
皇帝である
万が一、
その王弟だが、実は中書省長官の孫でもある。
照国には、宰相がいない。
正しくは宰相位というものが存在せず、複数人で宰相という役目を担っている。
担い手は、中央官庁の三本柱である中書省、門下省、尚書省の長官三人である。
行政を担う三省の長官は、皇帝に次ぐ行政権力を持っていると言っても過言ではない。
その宰相陣のひとりである中書省長官・
貴妃の子である
(まあ、向こうは私の存在なんて知らないでしょうけど)
王弟が皇帝になれば項中書令は皇帝の祖父となり、宰相陣の中でも頭ひとつ抜きん出た権力を手に入れることができる。
(つまり、項中書令の動向に一番注意しないといけないのよね)
もちろん、黒幕が彼とは決まっていないので、彼以外にも常に気は配らないといけないのだが。
品階の高い者ほど
項中書令はというと、議論が右に左にと交わされている中、岩のように黙して耳を傾けている。
官達の動向を見守っているのか、それとも別のことを考えているのか。
(にしても、渋い美男ね)
さすがは前淑妃の父親だ。
後宮では、家柄もだが容姿が重要な審査項目になる。その中で最上位妃嬪である四夫人のひとりだった淑妃も、さぞ美しかったのだろう。
思索にふけっていると、フッと顔に影が落ちた。
「陛下、大丈夫ですか」
意識が思考の彼方に飛んでいた中、ボソリと耳元で囁かれ肩が跳ねた。
「
そうそう、専属護衛の
参加というよりかは、場にいるだけだが。
「申し訳ありません、そのような意図はなかったのですが……一点を見つめたままぼんやりとされていましたので、体調が優れないのではと」
良かった。どうでも良いことを考えていたのは、ばれなかったようだ。
それにしても、よく見ている。
「退席なさいますか」
「いや、大丈夫だ。体調が悪いわけではなく、少々考え事をしていただけだから」
誰が黒幕か分からないこの場で、『皇帝は朝議にも耐えられないほど体調を悪くしている』などと思われるわけにはいかない。ここぞとばかしに『もう少し!』と刺客や毒が増えるに違いない。
ここは、黒幕の意思を挫くためにも、皇帝は健在であることを示さなければ。実際に健康なのだし。
空気が弾けた突然の大きな音に、白熱していた議論がピタリと止み、皆の視線が一斉に
「色々と活発な議論ができたようだな。それで、次に私が視察する
隣で
おそらく
(それどころかあんな体調だったし、きっと朝議は聞くだけで精一杯だったんでしょうね)
隣の
しかし、
――――――――
明日より毎日、20時過ぎ更新です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます