第27話 挨拶

 1月3日、新年のパーティーが始まる1時間前。私とお母様は王城の一室にいた。

 お父様とレイ兄様は別の部屋で準備をしているらしい。

 ちなみに昨日は新年の宴の疲れが残っており、ひたすら自分の部屋でのんびりしていた。


「……ラナ、大丈夫? 緊張しているようだけれど」

「は、はい! 大丈夫、です!」


 とは言ったものの、正直なところ大丈夫ではない。

 だって、王城だよ! パーティーだよ! ほとんどの貴族が集まるんだよ!

 そんなところにどろどろした貴族社会の闇がないわけないよね!?

 ……まあ、実際にパーティーというものを経験したわけでもないし、という役割の人たちに会ったことがあるわけでもない。完全なる偏見だけど。

 心臓バクバクする……。手も冷たいし……。

 ……大丈夫かなぁ? 世の中には良い緊張と呼ばれるものがあるのだろうけど、今のこの緊張はきっとあまり良くない緊張だ。

 お母様も心配そうにこちらを見ている。


「……そうね。ティータイムにするのはどうかしら?」

「い、良いと思います!」


 確かにお茶を飲んだら落ち着けるかもしれない。お母様、素敵な提案をありがとうございます。

 お母様は近くに控えていたエディスにお茶の用意を指示する。


 ものの数分もしないうちにお母様と私のティータイムは始まった。

 温かい紅茶を飲み、ほっと一息つく。


「ラナ、クッキー食べない?」

「……食べます」


 勧められるがままにクッキーを口に運ぶ。

 さくっとかじったら、口いっぱいにバターの風味と砂糖の甘みが広がった。

 ……甘い。美味しい。

 なんだか元気が出る。甘いものと美味しいお茶は私にとっての癒やしなのかもしれないな。

 緊張でガチガチだった全身の力が程よく抜けた。自然と微笑みも浮かんでくる。

 ティータイムの効果は抜群だ。


「……ふふ、落ち着けたようね」

「はい、ありがとうございます」

「どういたしまして。ところで、以前話したパーティーで気をつけた方が良いことは覚えているかしら?」


 お母様が妙に感情を込めて話していたからよく覚えている。

 笑顔は最大の武器、ですよね!


「……飲み物についてと気をつけて話すこと、です!」

「ええ、そうよ。信用できる者以外から飲み物は受け取ったらダメ。返事に困ったり、しつこく話しかけられたりしたら、とりあえず笑顔で流すのよ」

「分かりました!」

「良い返事ね。……開始まで少し時間があるわね。笑顔と挨拶の復習をしましょうか」


 それからお父様とレイ兄様がやってくるまで笑顔と挨拶の復習をしていた。


 そして今、新年のパーティーが始まろうとしている。

 黄色、桃色、紺色、白色、紫色、黄緑色、黒色……、周囲を見回すとたくさんの色が目に入ってくる。

 様々なドレス、様々な髪色、端で控えている侍女さんや執事さん。

 七海として生きていたときには想像もしなかった光景。

 まるでおとぎ話に迷い込んでしまったかのようだ。


「——ラナ、聞こえてる?」

「……あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「そっか。一つ伝えておこうと思ってね。王族の皆様が入場されるときは敬礼の姿勢をとってね。その後は国王陛下の指示があると思うからそれに倣って」

「分かった。教えてくれてありがとう、レイ兄様」


 うん、とレイ兄様が頷いた直後、近衛兵が王族の皆様の入場を知らせた。

 周りの人たちは入場口に向かって頭を下げる。私たちも同じようにした。

 すごい緊張感……。ざわざわとしていた空気はピンと張り詰めた。

 こつこつと足音が響き、王族の皆様の入場を知る。

 ……レイ兄様も王族のって言ってたからなんとなくそれを真似してみた。


「皆、楽にしてくれ」


 国王陛下と思われる声で敬礼の姿勢を解く。

 王族の皆様に視線を向けてみる。

 ……色々な意味で眩しい。

 レイ兄様に荷物を届けに行ったときに少し話した王太子殿下はもちろん、皆様容姿が整っている。

 そして服装も。国王陛下と王太子殿下は青を基調とした品の良い服装。王妃殿下と第二王子殿下はなんというか、派手だ。


「……今日は新年のパーティーへの参加、感謝する——」


 国王陛下は無表情に挨拶を始めた。

 ……かなり長かったので要約してみた。


 新年のパーティーに来てくれてありがとうね! みんな元気? 私たち王族はみんなのおかげで元気だよ。体調とかに気をつけて過ごしてね。今日は楽しんでもらえると嬉しいな! 今年もよろしく!


 少々砕けた感じにしてしまった。……だって堅苦しいの苦手なんだもん!

 自分以外に聞かれたら怒られそうだなぁ。うん、ごめんなさい。


「レイ、ラナ、王族の皆様にご挨拶するわよ」

「は、はい」

「今行きます」


 少し離れたところからお母様に呼ばれた。


「ラナ、お手をどうぞ」


 レイ兄様はそっと右手を差し出してくれた。こ、これはいわゆるエスコート!? そんなわざをいつの間に身に付けたの!?

 なんて思いながらその手に左手を乗せる。私たちはゆっくりと歩き出した。

 歩調を合わせてくれていて、とてもありがたい。

 ……緊張してきた。まあ、大丈夫だよね? 練習した通りにやればいいんだから。それにレイ兄様もお母様もお父様もいる。

 そう考えると少しだけ心の余裕ができた気がした。


 王族の皆様の前で立ち止まり、お父様たちと一緒に最敬礼の姿勢をとる。


「ブライト公爵、シリル・ブライト、妻のリリー、息子のレイ、娘のラナが王族の皆様にご挨拶申し上げます」

「ああ、楽にせよ」

「ありがとうございます」


 国王陛下の一言で顔を上げる。


「王族の皆様におかれましてはお元気そうで何よりです」

「……シリル、私たちの仲ではないか。もう少し気楽にしてほしい」

「かしこまりました」


 無表情だった国王陛下が少しだけ口角を上げ、お父様も言葉に親しみが入る。お二人とも仲が良さそうだ。

 そしてなぜか第二王子殿下からじっとみられている気がする。……何でだろう?


「今日は娘も連れてきているのだな?」

「はい、そうですね。ラナ、ご挨拶を」


 お父様に背中を押され、前に出る。

 最敬礼のカーテシーをして、挨拶をする。これもエディスから教えてもらっていた通りに。


「ブライト公爵が長女、ラナ・ブライトが国王陛下にご挨拶申し上げます」

「……! ああ、ありがとう」


 頭を上げ国王陛下の表情を見ると、なんだか少し驚いているような気がした。

 何か驚かれるようなことをしてしまったかな……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る