第26話 宴

「はーい、お待たせしたよ。日替わりセット二つだね。今日の日替わりセットはビーフシチューとパン、コーンスープ、キャベツとウインナーのサラダだよ。はい、これ取り皿ね。ごゆっくりどうぞ!」


 簡単に説明をし、女将さんは去って行った。

 ビーフシチューたちは白い湯気を立て、きらきらと光って見える。思わずゴクリと唾を飲み込んでしまうほどに美味しそうだ。


「なな、エディス、食べようか。……はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 ゼロ兄ちゃんは取り皿にビーフシチューたちをよそってくれた。


「いただきます!」


 一口食べると牛肉と野菜の旨味が口いっぱいに広がる。ほろっと溶けるお肉がめちゃくちゃ美味しい。

 美味しそうじゃなくて本当に美味しい。

 幸せだ……。


「ななは本当に美味しそうに食べるね」

「……! そう? 美味しいものは美味しいんだから美味しく食べるよ」

「うん、可愛いね。本当に可愛い。最高に可愛い。ありがとう可愛い。なな可愛い」

「あ、ありがとう」


 ……はっ、夢中になって食べていたらいつの間にかビーフシチューたちが消えていた。お腹ももちろん満たされている。

 そういえば、お母様とお父様が言っていた「ルールを守った無礼講」って何なんだろう?

 お腹いっぱいになって心の余裕も出てきたし、ゼロ兄ちゃんに聞いてみようかな。

 ゼロ兄ちゃんとエディスに目を向けると、二人とももう食べ終わっていた。


「ねぇゼロ兄ちゃん」

「何かな?」

「ルールを守った無礼講って何するの?」

「ああ、それはね。相手のことをリスペクトする、権力を必要以上に振るわない、そして何より楽しむ、を守りながら行う宴会のことだよ。ほら、周りの人たちを見てみて」


 周りの人たちを改めて見てみると、子どもから大人まで飲み物片手に楽しそうにしている。

 大人が飲んでいるのはおそらくお酒だろう。


「……確かにこれは宴会だね。楽しそう」

「ナナ様も後程宴に参加される予定になっておりますよ」

「え? そうなの?」

「うん、そうだよ。じゃあ、そろそろ戻ろうか」


 私たちはお会計をし、のんびりと歩きながら屋敷へ帰った。もちろん、ゼロ兄ちゃんとエディスと手を繋ぎながら。

 途中で少しだけ寄り道もした。




「おかえりなさい」

「ただいま帰りました」

「ただいまです」


 エントランスで待ち構えていたのはお母様だった。


「さあ、行くわよ。その神法道具は外しておいてね」

「はい」

「? 分かりました」


 どこに行くんだろう?

 疑問に思いながらもブレスレット型の神法道具を外し、エディスに渡す。

 レイ兄様と手を繋いでお母様について行った。

 そこは屋敷の広間だった。学校の体育館より広いそこには屋敷の使用人みんなが集まっている。

 立食形式のパーティーのように机が並べられていて、料理もたくさん用意されている。

 しばらくそれを眺めていると後ろからお父様がやってきた。


「待たせたかな?」

「ふふっ、ほんの少しだけね」

「それはすまなかった」


 お父様はわざとらしく肩をすくめた。

 なんだか微笑ましい夫婦の会話だなぁ。

 お母様に促されたお父様はグラスを持ち、ステージのようなところに立つ。


「いつも働いてくれている皆! 今日は年に一度の新年の宴、ルールを守った無礼講だ! 私やリリー、レイ、ラナにも気軽に話しかけてもらって構わない! グラスの準備は大丈夫かな?」


 目の前にスッとグラスが差し出される。


「ありがとう、エディス」

「どういたしまして」


 エディスがどういたしましてと言った!? これがルールを守った無礼講の力なのか……!


「準備ができたようだね。それでは、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 お父様の合図で宴は始まった。

 レイ兄様がグラスをこちらに向けてくる。これは、そういうことかな?


 チーン


 グラス同士を軽くぶつけ、音を出す。なんだか少し大人になった気分。

 お互いににこりと笑い、ジュースを飲む。

 リンゴジュースだ。美味しい。


「……あの、すみません。お話よろしいでしょうか?」


 誰かの声に振り返ってみると、侍女さんが4人いた。

 さっきお父様が私たちに話しかけてもらって構わないって言っていたな。これは屋敷のみんなと交流の機会なのか!?

 それならば、存分にお話しするぞー! おー!


「はい、大丈夫ですよ」


 私は満面の笑みで言った。

 それからお喋りタイムは始まった。

 侍女さんや執事さん、普段はほとんど関わることのない庭師さんやコックさん、御者さんまで、たくさんの人とお喋りをする。

 どんな仕事をしているのかや嬉しかった事、困り事など、様々な話を聴いた。屋敷の雰囲気を知れたり、新たな知識を得ることができたりした有意義な時間だった。

 もちろん楽しかった。


 あっという間に日は沈み、寝る準備をする時間となる。


「ラナ、楽しかったかな?」

「はい! とても楽しかったです!」

「それは良かった」

「楽しかった分だけ疲れていると思うわ。ゆっくり休むのよ」

「母上の言う通りだね。おやすみ、ラナ」

「うん、おやすみなさい」


 そう言って私は自分の部屋に帰る。

 お父様とお母様は宴が終わるまで、レイ兄様はもう少ししたら寝る準備をするらしい。

 エディスに手伝ってもらいながらお風呂に入り、歯磨きをし、眠る準備を整えていく。

 半分ぐらい記憶がないけどなんとかベッドにたどり着くことができた。

 眠い……。


「ラナ様、ゆっくりお休みください。では私はこれで失礼いたしますね」

「……うん、ありがとうエディス。おやすみ」


 今日は本当に色々あったな、楽しかったなと振り返る。……やっぱり、楽しいことでも疲れるね。

 そんなことを考えながら、私はすやすやと眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る