第25話 パレード

 ガラガラと音を立てながら、私たちを乗せた馬車は屋敷の門を抜ける。

 目に飛び込んできたのはカラフルな街。辺りを埋め尽くす人々。宙に舞う花びら。

 この前荷物を届けに行った時と比べて街全体が盛り上がっている。お祭りモードだなぁ。


「……ラナ、みんなが手を振ってるよ。俺たちも振り返してみない?」

「……! そうだね!」


 レイ兄様に言われるまで領民みんなが手を振ってるのに気が回らなかった。

 情報量が多かったからかな? うん、そういうことにしておこう。

 私とレイ兄様が手を振り返すと、領民みんなはさらに盛り上がった。

 とある白っぽい服を着た女の子は嬉しそうににこにこと笑い、とある紺色のシャツを着た男性はこちらを見てぼーっとしている。

 ……あれ? あのおばあちゃん泣いてる? あ、隣にいるおじいちゃんが苦笑しながらお辞儀をした。

 疑問に思いつつもお辞儀を返す。


「何かあった?」

「うん、あそこのおばあちゃんとおじいちゃん」

「……泣いてるね」

「何か悲しいことでもあったのかな……?」

「そうだなぁ。感動してるんだと思うよ。ほら、俺たちって一応この領地のトップの子どもでしょ。一種のアイドル的存在なんじゃないかな?」

「……確かに」


 それだったら精一杯サービスしようかな。

 ちょっとしたいたずら心が胸を締める。

 ……でもやりすぎはよくないか。美幼女のにっこり笑顔だけにしておこう。……自分のことだけど、こうなったからには使わないとね。

 笑顔になってほしいという気持ちを込めて、私はにっこりと笑った。


「「「キャァァァァ!!!!」」」


 ……思った以上の反応。

 私を見ている人がいるところだけ異様な盛り上がりを見せている気がした。

 やらかしてしまった気がする。……まあ、あのおばあちゃんは涙を流しながらも笑顔になってくれたからよしとしよう。


 その後、特にやらかすこともなく、無事にパレードは終わった。


 体感で3、40分ぐらいはずっと馬車から手を振っていた気がする。

 流石に疲れた。


「3人とも、お疲れ様。ラナはずっと手を振っていたみたいだけど疲れてない? 大丈夫?」

「ちょっと疲れましたけど大丈夫です! お父様もお疲れ様です!」

「ありがとう。それならよかった。私とリリーはまだやらなければいけないことがあるから、レイと一緒に宴を楽しんでおいで。レイ、任せたよ」

「もちろんです」


 お父様とレイ兄様は視線で何かを確認しあっていた。

 何だろう? 雰囲気からして良いことではあると思うけど……。気になる。

 また後でと言ってお父様とお母様はどこかへ行った。

 部屋に残されたのは私とレイ兄様とエディスの3人。


「……さて、エディス。よろしくね」

「はい、心得ております。ではラナ様、お召し替えを致しましょう」

「う、うん!」


 私はエディスに手伝ってもらいながらブルーグレーの生地に金のボタンが規則的に並んでいるワンピースに着替えた。

 これは、軍服風ワンピース! なんだかテンションが上がる!

 ベレー帽を被せてもらい、着替えは完了、ではなかった。


「ラナ様、こちらを手首にお願い致します」

「このブレスレットは……?」

「ふふっ、付けてみれば分かるよ」


 後ろからレイ兄様のいたずらっぽい声がした。

 まあレイ兄様がそういうならと左手首に付けてみる。

 ふわっと温かい空気に包まれたと思ったら、視界の端に亜麻色が映っていた。

 慌てて鏡を見てみると、亜麻色の髪に琥珀色の瞳をした美幼女がいた。

 髪と瞳の色が変わった……?


「……これは?」

「変装用の神法道具しんほうどうぐだよ。不思議だよね。一瞬で髪も瞳も色が変わるんだから」


 その声に振り返ってみると、亜麻色の髪にあずき色の瞳をした美少年がいた。

 ……もしかして、もしかしなくてもレイ兄様だろうけど、正直ちょっと自信がない。

 変装までして何するんだろう?


「レイ兄様、だよね?」

「うん、そうだよ。……でも、この髪色の時はって呼んで欲しいな。だと変装の意味がないからね」

「た、確かに。それならゼロ兄ちゃんって呼ぶね。私のことは……、ななって呼んでほしいです!」

「分かった。ななって呼ぶね。エディスも俺たちの呼び方には気をつけてね」

「はい、かしこまりました。ゼロ様、ナナ様とお呼びします」


 まさかこの世界でゼロ兄ちゃん、なな呼びができるなんて……! しかも人の目があるところで……! なんだか嬉しい!


 そうして、レイ兄様改めゼロ兄ちゃんに連れられてやってきたのは街だった。

 フードを目深に被った私は左手でゼロ兄ちゃん、右手でエディスと手を繋いでいる。

 そうしないと人に流されてしまうからだ。実際、一度流されかけたし。


「れ、……ゼロ兄ちゃん! 私たちはどこに向かってるの?」

「食堂だよ。少し遅めのお昼ご飯」

「お昼ご飯! 確かにお腹空いたね」

「そうだね。……あ、ここだね」


 ゼロ兄ちゃんが指差したのは楕円形の木材に「アルフ食堂」と書かれた看板が印象的なお店だった。開いている扉からがやがやと賑わっているのが伝わってくる。

 そういえばこれ、日本語じゃないのに読めてない? ……あ、そうか。ラナの記憶があるからか。

 そんなこんなで食堂に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ〜! 何人だい?」

「3人です」

「はいよ〜! そこのテーブル席使いな!」


 おそらくここの女将さんだろう。元気はつらつと話す女将さんに私は好感を覚えた。

 案内されたテーブルに着くと、女将さんがやってくる。


アルフ食堂ここに来るのは初めてかい?」

「はい、そうですね」

「そうかい。注文は決まった?」

「なな、何か食べたいものはある?」

「うーん、じゃあ、おすすめはありますか?」


 来たことのないお店だと、おすすめを聞くのが一番早いってどこかで聞いたことがある。

 ……というか、正直なところ、どんな料理があるのかが分からないから聞くしかないんだよな。


「そうだねぇ、うちの料理は全部美味しいけど、特におすすめなのは日替わりセットだね。でもお嬢ちゃんならそこの、……兄ちゃん? と分けて食べるぐらいがちょうど良いと思うよ」

「ゼロ兄ちゃん! そうしない?」

「うん、そうしようか。じゃあ、日替わりセットを一つと、……エディスはどうする?」

「では私も同じものを」

「うん、日替わりセット二つだね! ちょっと待ってな!」


 女将さんはそう言って厨房の方へ行った。

 ふと、周りに座っている人に注意を向けてみると、色々な会話が聞こえてきた。


「領主様のとこのお嬢様、めちゃ可愛かったなぁ」

「だなぁ、俺には天使に見えた」

「おいおい、お嬢様は生きているぞ?」

「それもそうだな」


「レイ様素敵よねぇ」

「わかる。特に今日のレイ様は素敵だった……」

「うんうん。ラナ様に微笑みかけるあの姿……! 本当に素敵だったね」


 ……うん、恥ずかしい。

 自分の噂を、自分が褒められているのを聞くってなんだかくすぐったい気持ちになる。

 ちょっと縮こまっている私に対して、ゼロ兄ちゃんは飄々としていた。


「……ゼロ兄ちゃん、自分の噂、気にならないの?」

「あー、うん。学園で色々あったからね。慣れたよ」

「そ、そうなんだ」


 そう言ったゼロ兄ちゃんは遠い目をしていた。……確かに色々あったんだろうなぁ。

 周りの人に注意を向けてみたり、ゼロ兄ちゃんとエディスと話したりしていたら、女将さんが日替わりセットを持ってきてくれた。

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