第23話 マナーのお勉強
「宴の流れはここまで。次にパーティーの方だけど、これは宴の翌々日。1月3日にあるわ。場所はさっきも言った通り王城よ。こちらは15時から19時まで。立食形式のパーティーね」
これもまた私に関わることを教えてもらった。
絶対にやらないといけないことは一つ。王族への挨拶だ。
だからこの後にマナーのお勉強をするのか。納得。
絶対ではないが恐らくやることになるのが一つ。他の貴族との社交だ。
貴族の中でも有数の力を持つ公爵家。他の貴族が挨拶に来ない方が不思議なくらいだとお母様は言った。
「それと、パーティーで気をつけた方が良いことを教えるわね」
「な、なんですか?」
お母様は改めて居住まいを正した。
きっと大切なことなんだろう。
私もなんとなく背筋を伸ばした。
「それはね、二つあるの。一つ目は飲み物について。例えばわたくしやシリル、レイ、エディス、ヴィクターといった信用できる者以外からの飲み物は受け取ったらダメよ。何を入れられているのかわかったものではないから」
お母様、……色々あったんだろうなぁ。
何を入れられているのかの
私も気をつけよう。
「そして二つ目は気をつけて話すこと。迂闊に話すと何かに揚げ足を取られる可能性があるわ。返事に困ったり、しつこく話しかけられたりしたら、とりあえず笑顔で流すのが良いわ。笑顔は最大の武器よ」
やはり七海が物語で読んだような貴族のどろどろはあるのか。
笑顔は最大の武器。色々あったであろうお母様が言うと説得力が半端ない。
「こんな風にね」
そうしてお母様は笑ってみせた。
今まで見せてくれたどの笑顔よりも整っている。ここまでのレベルで作り笑いができるのは素直にすごい。
おそらく初めて見たのがこの笑顔だったら、迂闊に話してしまっていただろう。
お母様は自然に笑った方がもっと素敵だけどね!
「ほら、ラナも笑ってみて。コツは力を入れすぎないことよ」
「は、はい! やってみます」
力を入れすぎないように。自然な感じで。口角を上げて。目も少し細めて。
こ、こうか?
「……あら」
その反応はどっちですか?
……多分できてない方だろうなぁ。正直そこまで自信はない。
でも、作り笑いをしたのが初めてにしては上手く笑えているのではないだろうか?
「……お母様、どうですか?」
「そうね。もう少し力を抜いてみて。特に、肩の力を」
か、肩の力? 肩に意識を集中してみると、確かに変な力が入っていた。
力を抜く。肩の力を。いつも通りに……。
「そうよ! その調子! エディス! 手鏡を持って来てくれる?」
「かしこまりました」
エディスが持って来てくれた鏡で自分の表情を見てみると、にこにこと笑っている美幼女がいた。
思った以上に笑顔のクオリティーが高かった! 嬉しい!
「良い感じだわ! 笑顔を作ったのは初めてよね?」
「はい、初めてですよ」
「そうなのね! 初めてでここまでできるのはすごいわ! 少し練習したら完璧と認定できわね!」
「ありがとうございます! 練習しますね!」
お母様のテンションはかなり上がっている。つられて私のテンションも上がった。
それからしばらく笑顔の練習やパーティーについて話し、マナーのお勉強の時間がやって来た。
「マナーのお勉強をするのよね?」
「はい、その通りです」
「それならここでやるのはどう?」
「よろしいのですか?」
「ええ、良いわよ。わたくし、ラナが頑張っている姿を見たいもの。それに何かアドバイスができると思うのよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
お母様とエディスの間で何やら決まったようだ。
マナーのお勉強って、先生は誰なんだろう? この話の感じだとお母様ではなさそうだし。
「ラナ様。それではマナーのお勉強を始めますね。講師は私、エディス・ベイリーが勤めさせていただきます」
「……! よろしくお願いします! エディスが先生なんだね」
「そうよ。エディスは伯爵家出身なの。そんなエディスがどうしてうちで働いているかというと……」
お母様はエディスに話を振った。
「ラナ様に惚れたからです! 私が持っている教養をラナ様にお教えできるなんて、とても嬉しく思います!」
「だそうよ」
私に惚れた? ……なぜかエディスなら納得できてしまう。初めて会った時も見惚れたとか可愛いとか言ってたもんね。
それにしてもエディス、伯爵家のお嬢様だったんだ……。驚き。
まあ何か態度を変えるわけでもないし、そうなんだ、ぐらいに思っておこう。
「そうなんですね」
「さて、私の話は置いておきましょう。ポルアランド王国貴族に必要な基本のきをお教え致しますね」
そう言ってエディスは話し始めた。
聞くだけでなく、時々クイズが出される。
例えば、こんなクイズ。
他の貴族に挨拶するときは、相手の位によって仕方が変わる。公爵家の私が侯爵家の人に挨拶をするときにはどれが相応しいか。
1、最敬礼。
2、敬礼。
3、会釈。
この答えは3の会釈だ。自分より下位の貴族に挨拶するときは会釈。同等の位、または上位の貴族のときは敬礼。王族のときは最敬礼。
ここで注意しなければならないのは、相応しい挨拶というのは国によって変わること。ポルアランド王国で相応しい挨拶だとしても、他の国に行った途端に不敬な挨拶に変わることもあるらしい。
エディスは聞き取りやすいスピードと声の大きさで話してくれる。とても楽しくわかりやすい授業だ。
「——さて、以上がポルアランド王国貴族に必要な基本のきです。何か質問はございますか?」
「あります! その最敬礼や敬礼といった挨拶はどうやってやるんですか?」
「良い質問ですね。それらは今から実際にやってみながらお教えいたします。……では、まず私の動きをよく見ていてください」
エディスは上体を45度ぐらい折り曲げながらスカートを持ち、ふわりと広げる。この時に右足を左足側に下げ、膝を軽く折り曲げている。
思わず見惚れてしまうぐらいに綺麗なお辞儀だ。
「……このような感じです。この、スカートを広げ、膝を折り曲げる挨拶の仕方をカーテシーと言います。見よう見まねで良いのでラナ様もやってみてください」
「うん! わかった!」
お母様を正面に、見よう見まねでやってみる。
なんだかとても貴族の女性って感じがするなぁ。……まあ、実際貴族のお嬢様なんだけど。
そんなことを考えながらカーテシーをやってみて、そっと二人の様子を伺う。
「……どう、ですか?」
「……そうね。大事なところが抜けているわ」
「奥様に同意です。笑顔を忘れていませんか?」
「……あ。もう一度やってみていいですか?」
「はい、もちろんです」
確かに忘れてしまっていた。
最大の武器、笑顔を身につけて、カーテシーをやってみる。
「……素敵よ! 初めてやってここまでできるのは本当にすごいんだから」
「そうですよ。パーティーの日まで毎日練習したらもっと素敵になると思います」
「ありがとうございます!」
お母様とエディスのおかげで自己肯定感が増し増しになった。
この調子で敬礼と会釈の仕方も教えてもらい、マナーのお勉強は終わった。
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