第21話 大好き

 ……ラナ、ラナは、お父様とお母様に謝りたい! それでまた、屋敷で仲良く暮らしたい!


 うん、そうだね。……じゃあ、言ってみようか。ラナが言う?


 ……うん! ラナが言う! ……でもひとりで言うのは勇気が出ないから、一緒に言ってくれない?


 もちろんだよ! 一緒に言おうね。


「……お父様、お母様」

「「何かな(かしら)?」」


 ……ラナ、大丈夫だよ。ほら、お父様もお母様もじっとラナの言葉を待っていてくれてるよ。


 うん、そうだね。


 それにレイ兄様だって、ガッツポーズで応援してくれてるよ。


 うん、そうだね。


 なにより、ラナはひとりじゃないでしょ? 私も隣にいるからね。


 うん、そうだね。……よし、言う。


「……あの時は、大嫌いって言ってごめんなさい。本当はただ、ラナを見て欲しかった、です。大嫌いじゃない、です。……大好きです」


 ラナは真っ直ぐにお父様とお母様の目を見て言った。

 怯え、緊張、期待。ラナの感情が伝わってくる。そしてそこには愛情があった。

 お父様、お母様、大好き。

 そんな気持ちがだんだんと大きくなる。

 そっか、七海はラナで、ラナは七海なのか。

 改めてそう認識した時、ラナの記憶が流れ込んできた。

 お父様とお絵描きした記憶。お母様と本を読んだ記憶。レイ兄様に頭を撫でられた記憶。エディスがそばにいてくれた記憶。他にもたくさんの記憶が。

 大嫌いと言う前、こんなにも愛されていると分かっていたのに。

 私はぽろぽろと涙を溢した。

 ……いや、私だけじゃない。お父様もお母様もだ。

 二人はそっと抱きしめてくれる。


「ラナ。ありがとう。わたくしも大好きよ」

「私も大好きだ。レイ、おいで」


 そこにレイ兄様も加わって、ブライト一家は抱き合いながら涙を流した。

 レイ兄様は仕方がないなぁとでも言いそうな表情をしていたが、なんだか嬉しそうだった。


「愛しているよ」


 その言葉は私がずっと欲しかったもの。

 心のどこかでがありがとうと言っている気がした。


 しばらくそうしていると心の余裕が出てきたから、周りを見回してみた。

 屋敷のみんな全員集まってる!? そしてみんな泣いてない!?

 え? 泣いてない人、いる? ……あ、レイ兄様は泣いてないか。

 ほっ、安心。……じゃなくて!


 ぐぅぅぅうぅ


「……おや」


 はい、この音は私のお腹の音ですね。

 ……恥ずかしい!

 昼ごはん、無理やりだけど食べたのに。

 まあ、なんだか和やかな雰囲気になったので良しとしよう! そうしよう! ……そうしないと、恥ずかしさでどうにかなる!


「可愛い。ラナ可愛い。最高に可愛い。え? どうしてこんなに可愛いの?」


 レイ兄様ー! 今はならなくていいから!

 ほら、お父様もお母様も不思議がっているよ! ね、落ち着こう?


「ねぇ、ラナ。レイはどうしたのかしら?」

「心の声が溢れているらしいです」

「ふふっ、あらあら」


 お母様は微笑ましいと言わんばかりに笑った。

 レイ兄様、そろそろ止まりましょう。というか止まってください!

 私の願いが届いたのか、わざとらしく咳払いをして止まった。


「……ラナもだが、レイも変わったね」

「それはそうですよ。1年も経てば、子どもは変わります」

「う、それは、すまなかった」


 レイ兄様、意外と根に持つタイプだね。

 私もどちらかというとそうなんだけど。これは一生いじられ続けるパターンだろうなぁ。


「ヴィクター」

「おかえりなさいませ。旦那様、お呼びでしょうか?」

「少し早いが夕食の準備を頼む」

「かしこまりました。係の者に伝えて参ります。リビングルームでお待ちください」

「わかった」


 お父様とヴィクさん、どちらも仕事ができる人って感じがするな。並ぶと余計そう思う。実際できるんだろうけど。

 そんなことを考えていると、お父様が私をひょいと抱き上げた。


「わっ」

「おっと、すまない。驚かせてしまったね。さて、リビングに移動しようか。立ち話もなんだからね」

「はーい」

「そうね」


 そうして私たちはリビングに移動し、夕食まで色々と話した。




 次の日。いつもより屋敷が騒がしなと思った。

 それもそのはず、お父様とお母様が帰ってきているからである。


「ラナ様、おはようございます」

「うん、おはよう。エディス」

「はい。本日は忙しくなりますよ」

「そうなの?」

「新年の宴とパーティーの準備がありますからね」


 あ、忘れていた。お父様とお母様はそのために帰ってきたんだった。

 エディスはいつものように準備を手伝ってくれる。

 今日はなんだか服が簡素な気がするな。これもこれで良い……!


「さあ、終わりましたよ。どうですか?」


 鏡の前でくるっと回って確認する。

 紺色に白い襟がついたワンピースがふわりと舞った。

 髪も編み込みハーフアップにしてくれており、とても可愛い。


「完璧に可愛いよ! ありがとう!」

「いえいえ、仕事ですから」


 エディスが嬉しそうにそう言うまでがいつもの流れだ。


 コンコンコン


「おはよう、ラナ。準備はできているみたいだね」

「レイ兄様、おはよう! ちょうど今終わったところだよ」


 昨日もそうだったけど、どうしてこんなにタイミング良く現れるんだ?

 誰かからタイミングの指示とか出てない……?

 あ、エディスがそっと目を逸らした。

 ……そういうことなのかなぁ。


「そっか。じゃあ、食堂に行こうか」

「うん!」



 食堂には、すでにお父様とお母様がいた。


「レイ、ラナ、おはよう」

「二人ともおはよう」

「「おはようございます」」


 1年前ではあり得なかったであろうこの光景。

 嬉しくて、楽しくて、私はやっぱり笑顔になった。


 朝ごはんを食べながら、聞きたかったことを聞いてみる。


「……お父様とお母様はどうして帰ってきたんですか? 昨年は帰って来ていなかったと思いますが」

「……ああ、それはね。ヴィクターに諭されたからだ」

「わたくしもそうね」


 二人はくすくすと笑いながら言った。

 執事が主人を諭すとは? 逆じゃなくて?


「ヴィクターは先代、ラナたちのお祖父様の代から仕えてくれていてね。私がやんちゃだった子どもの頃によく叱られたんだよ」

「わたくしと婚約した後も、シリルはまだやんちゃをしていたわ。使用人に秘密で屋敷を抜け出したりね。わたくしも一度だけそれに付き合って、ヴィクターに叱られたことがあったわ」

「しかし、久しぶりに叱られたな」

「ふふっ、そうね。でもレイとラナと仲直りできたから、ヴィクターには感謝しかないわ」


 意外なエピソード……!

 こんなにしっかりしているように見えるお父様でもやんちゃしてた頃があったんだ。

 まあ、誰しも色々あるだろうけどね。


「ヴィクターにはラナが勇気を出して会いたいと言っているにも関わらず、親である私が勇気を出さないのか? と諭されたね。新年の宴とパーティーの準備はちょうど良い機会だとも」


 お母様が頷いている。

 この話し方だと、新年の宴とパーティーの準備は帰って来なくてもできたんだろうなぁ。

 まあ、何はともあれ、会いたいって言って、会えてよかった!


「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます!」

「「どういたしまして」」

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