第20話 おいで

「「「…………」」」


 お父様とお母様と話せる距離まで来たは良いけど、お互いになんとなく口を開けずにいた。

 レイ兄様との初対面の時より気まずい……。

 なんだこの沈黙。もういっそのこと破ってしまおうか?

 破るのは良いけど、なんて言って破ろうか?

 こんにちは? お久しぶりです? 初めまして? おかえりなさい?

 ……私の記憶的には初めましてだから、初めましてでいこう。

 ちなみにおかえりなさいはなんか違う気がした。1年も放って置かれた人に言いたくはない。


「……初めまして?」

「……っ! ……そうだね。確かに初めまして、だ。私はシリル・ブライト。ラナとレイの父親だ。よろしく」

「……わたくしも自己紹介して良いかしら?」

「は、はい」

「ありがとう。わたくしはリリー・ブライト。あなたたちの母親よ。よろしくね」


 親だと言われても、正直そこまで実感が湧かない。


 ……ラナ、大丈夫?


 うん、たぶん、大丈夫。


 そっか。何か言いたくなったり吐き出したくなったりしたら教えてね。できる限りで力になるから。


 うん、ありがとう。


 1年も放って置かれていたことはにとって消えない傷となっている。

 改めてそれを実感した。


「……よろしくお願いします」


 また沈黙が訪れた。

 しばらく続くかと思ったそれを破ったのはレイ兄様。


「……ところで、どうして父上と母上は先ほど驚かれていたんですか?」

「……ああ、それは、レイとラナが仲良くしているところに驚いてしまったんだ」

「ええ、そうね。今までこんなに仲良くしている二人は見たことがなかったから」


 それはお父様とお母様がラナを、レイ兄様を見ようとしてこなかっただけじゃないの!?

 ……あ。お、落ち着こう、私。やはりの感情や思いに引っ張られている。

 でも、迂闊に発言しようとすると、思ってもないようなことまで口走ってしまいそう……。

 この状況、どうしようか?

 ぐるぐると考えていると、レイ兄様がそっと私の肩に触れる。

 大丈夫だよ、と言うように。

 そうだね。きっと大丈夫。落ち着こう、ラナ


「……シリル」

「……ああ」


 お母様とお父様は何かを確認するように頷き合った。

 そして、お父様は私の目線の高さまでしゃがみ、飛び込んでこいと言わんばかりに腕を広げる。


「ラナ、……おいで」


 いやどうしてそうなるの!? 今の状況でだよ!? お父様もお母様もめっちゃ真剣な顔つきでだよ!? そこはせめて笑顔で、とかじゃないの!?

 思わずレイ兄様の方を見ると、苦笑しているではないか。更に行っておいでと言われてしまった。

 ぐぬぬ……。仕方がない。レイ兄様に言われたんだから、行こう。

 私はお父様に一歩、また一歩と近づく。

 そしてゆっくりとその腕の中に飛び込んだ。


「「「おお……!」」」


 うん? 周囲の人から感動したような声が聞こえたよ?


「ラナ……!」


 うん? お父様はなぜか涙を浮かべているよ? あ、お母様もだ。

 私を抱きしめたお父様をお母様が更に抱きしめる。

 ……何だこの状況!? え? どうしてこうなった!?

 れ、レイ兄様! どういうことですか!?

 そんな気持ちを込めて見つめると、レイ兄様は何かをつぶやいた。


「……やっぱりそういうことなのか」


 ……どういうことですかー!? 助けてー!


 うぅ、ひっく。……ナナミぃ。


 ラナまで!? もしかしてもしかしなくても、この状況を把握してないのって私だけ?


 心の中では嬉しさを溢すように泣いている。

 私は別の意味で泣きたい。そして何度でも言おう。

 ……何だこの状況!?

 ……とりあえず落ち着こう。

 やっぱり、この状況を理解するには聞くのが一番手っ取り早いよね?

 そうと決まれば声をかけてみよう。

 でもこの状況で話しかけるのってなかなか勇気がいるね。……まあ、話しかけるんだけど。


「……あの?」

「ああ、すまない」

「ごめんなさいね」


 二人は私から離れてくれた。ほっ、ちょっと安心。

 さて、聞きますかね。


「どうしてこんな状況になっているんですか?」

「ラナは覚えていないかもしれないけど、——」


 お父様はそんな前置きをして話し出した。




 1年前、お父様とお母様は仕事が大変忙しく、滅多に屋敷へ帰ることができなかったらしい。

 久しぶりに帰ってきたは良いが、すぐに仕事へ戻らなければならなかった。

 それを当時のに伝えると、こう言われたそうだ。


「……いちゅもおしごとばっかでらなのことにゃんてわしゅれれるおとうしゃまとおかあしゃまなんて、だいいらいよ!(いつもお仕事ばっかでラナのことなんて忘れてるお父様とお母様なんて、大嫌いよ!)」


 と。

 が二人の前でこんなに長く話したのは初めてだった。だがその言葉はこれ。

 かなりショックを受けた二人は仕事に逃げてしまったらしい。

 ちなみに当時のレイ兄様はそんな空気に耐えられなくなって、学園の寮に入ったとか。




 なるほどね。それならこの空気にも納得だ。

 大嫌いと言った娘が父の腕の中へ飛び込む。

 親として、周囲の人としてこれほど嬉しいことはなかなかないのだろう。……たぶん。

 だけど、その大嫌いにはかまってほしいという気持ちが込められていることに気づかなかったんだろうか?

 話を聞いただけでもなんとなくは察したのになぁ。


 ナナミ、気づいてくれたんだね。嬉しい。


 ラナ……。落ち着いた?


 うん、落ち着いた。ラナはただ、一緒に遊んだりお話ししたりしたかっただけなの。でも、大嫌いって言ってしまって、お父様もお母様も帰って来なくなっちゃった……。屋敷のみんなも帰ってくるよ、って言ってくれたけど、そんなことはなかったから。だからもう知らないって思って……。それで、みんなともお話ししなくなったの。


 ……そうだったんだね。あ、もしかして、エディスやヴィクさん、アマーリ先生と話した時に驚かれたのってそういうこと?


 うん、たぶんそうだよ。全然お話ししてなかったから。


 そっか。ラナは、どうしたいの?


 ……ラナ、ラナは——

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