第19話 はてな
「——ラナ、大丈夫?」
「う、ん。……たぶん、大丈夫」
気持ち悪い……。
せっかく用意してもらったご飯なんだから残さず食べないと……、なんて考えた自分がバカだった。いや確かに通常ならその考え方は悪くはないものなんだろうけど。
食欲がない時に無理やり食べるのはもう二度とやらない。やりたくない。
私とレイ兄様はさっきまでお昼ご飯を食べていた。
緊張からか食欲がほとんどない中のご飯はとにかく苦痛だった。
そして今もその苦痛は続いている。
気持ち悪い……。
「座ってるほうが楽かな? それとも横になっているほうが楽?」
「横になりたい……」
レイ兄様に手伝ってもらい、クッションを枕にして横になる。
あ、ちょっと楽になった。
……そういえば、お父様とお母様はどうして帰ってくるんだろう?
きっと私たちの顔を見に帰ってくるわけではないだろうから。
それなりの理由があるはず。
「……エディス、どうして父上と母上は帰って来られるの?」
「レイ兄様も知らないんですか?」
「父上たちが今日帰ってくるとだけヴィクターに伝えられたから。俺も知らないよ」
「そうなんですね」
「……執事長、わざと伝えませんでしたね」
なんて、エディスがぼやいていたのが聞こえた。
……わざと伝えない理由なんてあるんだろうか?
ついでにヴィクさんが何のことやらと笑顔で言っている姿も思い浮かんだ。
……ヴィクさんってそんなキャラだっけ? だけどなぜかその姿がしっくりきてしまう。
「まあ、それは後で本人に伝えるとしましょう。お二人にご説明いたしますね」
説明してもらうのならば起き上がったほうがいいかと思い、起きあがろうとしたらエディスとレイ兄様にすごい勢いで止められた。
そ、そんなにだめか?
そんなこんなでエディスの説明は始まった。
「旦那様と奥様は新年の宴の準備のため、屋敷へ帰って来られます。新年の宴とは、各領地で同じ日に行われる新しい年を祝う祭のことです。そこでは一定のルールに準ずる無礼講の場となります。それとはまた別に、新年のパーティーもあります。簡単に言うと、貴族の方々の交流の場ですね」
「そうなんだ」
「ちなみに俺たちも参加するんだよね?」
「はい。領主である旦那様や奥様はもちろん、レイ様とラナ様も参加する予定となっておりますよ」
ねぇラナ。新年の宴とパーティーなんてあったの?
言われてみればあったような気もするよ。……でも、詳しい記憶はないけど。
そうなのか。教えてくれてありがとう。
お父様とお母様が帰って来なくなって約1年が経つらしいけど、その1年の間に新年の宴とパーティはあったはず……。
準備のために一度帰ってくるのなら1年間ずっと帰って来なかったというのは違うくない? まあ、今の私には関係ないことだけど、ふと気になった。
それにしても新年の宴とパーティーかぁ。宴のほうは楽しそうだけど、パーティーのほうは少し怖いな。
七海の頃に読んだ物語では、どろどろとした貴族社会の闇のようなものが描かれていたから。
「……ラナ、気が進まないの?」
「あ……、うん。どんなものなのか分からないから少し怖くて」
流石に貴族社会の闇の部分は濁して伝えた。
というか、そんなに気が進まないような表情してたかな? これでも顔に出さないようにしていたはずなのになぁ。
「そっか。……まあ、大丈夫だと思うよ。力強い二人の味方がいるからね」
「二人の味方?」
「うん。二人は——」
コンコンコン
「失礼致します。旦那様と奥様がお帰りになりました」
レイ兄様の言葉を聞こうとしたちょうどその時、ヴィクさんがお知らせしにきてくれた。
後で聞けばいいよね?
そういえばいつの間にか気持ち悪いのは治っていた。
……でも緊張するものは緊張するね。心臓がばくばくしてきたよ。
でもひとりじゃないもんね。私には心強い味方、レイ兄様がいる。
「ラナ、行こう」
「うん!」
私は差し出された手を取った。
エントランスへ向かいながらレイ兄様に話しかける。
今回は羊と執事を数えたりはしない。
「レイ兄様、お父様とお母様ってどんな人なんだろうね?」
「そうだね。……まあ、超絶美形とだけ言っておくよ」
「そうなのね?」
レイ兄様は何かを思い出すように言った。ちょっと苦笑しているのは気のせいだろうか?
確かに超絶美形なんだろうなぁ。
そんなことを考えているとエントランスに着いた。
入口の方を見てみると、さらさらな金髪を肩のところで緩く結び、柔らかい緑色の瞳をした男性。軽くウェーブがかかった銀髪と透き通るような紫色の瞳をした女性が仲良さげに寄り添っている。
きっとこの人たちがお父様とお母様なんだろう。
確かにめちゃくちゃ美形。
お父様は俗に言う甘い顔立ち、お母様は可愛いと美しいのいいとこ取りをしたような顔立ちをしている。
……ところで、お父様とお母様って仲良いんだね? てっきり仲が良くないものかと思っていた。
想像していた雰囲気と違いすぎて頭にはてなが浮かんでいる。それも大量に。
あ、こっちに気づいた。
二人は驚いたように固まった。いや実際驚いているんだろうけど。
なんだかレイ兄様との対面の時を思い出すなぁ。あの時はお互いに驚いて固まったんだっけ?
それなら今とは違うか。今はお父様とお母様だけが固まっているから。
私たち兄妹はそんな二人を見ている。会話する余裕だってあるんだから。
「レイ兄様、お父様たち固まってるね」
「そうだね。……大丈夫かな?」
「うーん、……あ。たぶん大丈夫だと思うよ。ほら、ヴィクさんが近づいていっているでしょ?」
「それなら大丈夫か」
そんな話をしていたら、あったはずの緊張がどこかへ行ってしまった。
そして、この状況がなんだか懐かしいねと笑い合う。
お父様たちに視線を戻すと、ちょうど驚きから解放されたところのようだ。
さて、挨拶に行きますか。
レイ兄様と手を繋ぎ、お父様とお母様の元へ一歩踏み出した。
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