第3章 父と母

第18話 張り切ってるね

 レイ兄様がゼロ兄ちゃんだと知ってから2週間が経った。

 今日は何だか屋敷全体の雰囲気がそわそわしている気がする。

 エディスもなんだかいつもと様子が違うし。良い意味でだと思うけどね。


「ラナ様! 本日のお召し物にこちらはいかがでしょうか?」


 そう言って見せてくれたのは落ち着いた紫色に金のボタンがついたワンピース。

 いつも着ているようなものより少しだけ大人っぽい印象を受ける。

 エディスがこれとおすすめしてくれるのは初めてで、少しだけ驚いてしまった。

 なんだか嬉しいし、デザインも私好みなのでこれにしてもらおう。


「うん、良いと思う」

「ありがとうございます!」


 そうして着替えを手伝ってもらい、鏡の前に座る。


「御髪はどうなさいますか?」

「エディスのおまかせでお願いするね」

「かしこまりました!」


 そう言ってエディスはヘアアレンジを始めた。

 なんだろう? いつもよりエディスが張り切っている気がする。語尾にこんなにびっくりマークついてたっけ?

 何かあるのかな?


「ラナ様、終わりましたよ。ご確認ください!」

「うん」


 エディスは鏡を使ってどうなっているのか見せてくれた。

 相変わらず完璧な仕上がりだ。


「ありがとう! 完璧だと思う!」

「それはよかったです! ありがとうございます!」


 うん、やっぱりおかしい。いつものエディスはこんなにテンション高くない。

 ……こういう時は直球に聞くに限るよね! というわけで、聞いてみよう!


「……エディス、今日はなんだか張り切ってるね」

「はっ! 失礼致しました!」

「あ、別に怒ってるわけじゃないよ。ただ、何かあるのかなぁって思って」

「……? レイ様から聞いておられないのですか?」

「レイ兄様から? 特に聞いた覚えはないよ?」

「……も、申し訳ございません! てっきりレイ様が伝えたものとばかり思っていました。実は本日、旦那様と奥様が帰って来られます」


 え? エディス今なんて言った?


 今日、お父様とお母様が帰ってくるって言ってたよ?


 ラナ!? やっぱり聞き間違いじゃないよね!?


 うん、聞き間違いじゃないと思うよ。ナナミ、落ち着いて。


 あ、ありがとう。落ち着くね。


「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ」


 突然深呼吸をし出した私を見て、エディスは驚いていたが何も言わなかった。

 突っ込んでくれなくてありがとう。私もなんて答えたらいいのか分からないからね。

 ……よし、落ち着いた。

 お父様とお母様が帰ってくるのか。1年以上帰って来なかったのに、何しに帰ってくるのかなぁ? 正直今更感がある。


「そうなんだ? 今日の何時ぐらいに帰ってくるの?」

「14時頃に帰って来られると伺っております」

「そ、そっか」


 14時ならレイ兄様は学園に行っている時間だ。

 ひとりでお父様とお母様に会わないといけないのかな? まあ、完全なるひとりではないけど。エディスやヴィクさんもいるし。

 でも、レイ兄様には一緒にいて欲しかったな。


 コンコンコン


「お邪魔します。ラナ、おはよう」

「……! レイ兄様! おはよう!」


 いつもならとっくに学園へ行っている時間では?

 私の起床時間は朝の8時。レイ兄様はちょうど8時に屋敷を出て学園へ登校しているらしい。

 そんな私の疑問を汲み取ったかのようにレイ兄様は言った。


「ああ、今日から学園は冬季休みなんだ。だからしばらくは昼間もラナと一緒に過ごせるね」

「そうなんだ!」


 じゃあ、もしかしなくても、お父様とお母様にはひとりで会わなくて良い!?

 よかった……。これで少しは安心だ。いや、少しというよりかなり安心かもしれない。


「うん、朝の支度は終わったのかな?」

「ちょうど終了したところです」

「ありがとう、エディス。ラナ、朝ごはんの準備が出来ているそうだよ。一緒に行こう」

「うん!」


 レイ兄様と手を繋いで食堂へ行く。

 ここ数日はレイ兄様と一緒にいても視線を感じなくなったな。

 そう、ここ数日は。




 レイ兄様が屋敷に住み始めたばかりの時は、みんなが信じられないものを見たというような視線を送ってきていた。

 特に私と手を繋いで歩いている時や笑顔で話している時。

 こんな声が聞こえてきたこともある。


「まさか、こんなに嬉しい光景を見られる日が来るなんて……。わしは、わしはとても嬉しいですぞ……!」

「……執事長。お二人に見られていますよ」

「す、すまない」


 執事長、ヴィクさんである。ちなみにツッコミはエディス。

 ヴィクさんは涙ぐんだまま、私たちに向かってお辞儀をした。

 レイ兄様と苦笑してしまったけどね。


 ある時はこんな声。


「まっ、まさか!? そこで仲良く手を繋いでいるのはレイ様とラナ様!? 本当に絵になる……! また見られてよかった! しかもお二人ともにこにこ笑顔だよ!? 何これ眩しい!」

「……アマーリ先生。お二人に話しかけたいのならそうしてください。お二人とも困った表情をされておりますよ」

「ご、ごめんね」


 アマーリ先生まで。ツッコミはもちろんエディスです。

 かなり高くなったテンションでアマーリ先生は話しかけてきた。

 どうしてこうなったの!? とか、いつからそんなに仲良くなったの!? とか、色々聞かれた。


 ある意味まとも? なのはエディスだけ。

 そう思っていた時期もありました。


「ラナ様とレイ様が……! 手を繋いで仲良くなさっている……! しかもあんなに笑顔で! お二人のこんな姿が見られるなんて! 私はブライト公爵家に仕えることができて幸せです!」

「……エディス。……エディスもなんだね」

「……はっ! 申し訳ございません!」


 別に良いんだけどね。ただちょっと驚いただけで。

 ツッコミ役のエディスはどこに行ってしまったのー!? って叫びたいぐらいには。……ちょっとではなかったか。




「ふふっ」

「楽しそうだね」

「うん、レイ兄様と私を見た時のみんなの反応を思い出してた」

「確かにあの反応は想像以上だったね」


 レイ兄様は苦笑して言った。

 そんな雑談をしながら食堂へ行き、朝ごはんを食べる。なんだかんだで平和だなぁ、なんて思いながら。

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