第14話 ざわざわ

「——られた!」

「え?! それって本当?」

「ああ、本当だ! この目で見たから!」


 学園へ荷物を届けに行った次の日の午後。

 扉の外からこんな会話が聞こえてきた。なんだかテンションが上がっているような声。

 さっきから屋敷がざわざわしているけど……。


「……騒がしいですね」

「そうだね。何かあったのかな?」

「確認して参ります。少々お待ちください」


 エディスはそう言って部屋の外に出て行った。

 ぼーっと待っておこう。


 コンコンコン


 数分後、部屋の扉がノックされた。

 エディスが戻ってきたのかな?

 返事をしてもエディスは入ってこない。不思議に思いつつ、扉に近づく。

 すると、誰かが話している声が聞こえてきた。


「——ここにいらっしゃったんですね」

「うん、気づいたらここにいた」

「……? どういうことですか?」


 うん、どういうことですか?

 この声はヴィクさんと……、どこかで聞いたことがあるような声だなぁ? いやそんなことはあるわけがないはず。

 そっと扉を開けてみると困った表情のヴィクさんとエディス、そして表情のない銀髪の美少年が目に入ってきた。

 そう、銀髪の美少年。レイ兄様である。

 ……なんでここにいるんですか!? 気づいたらいたってどういうことですか!?

 あ、レイ兄様と目があった。

 え? 何ですかそのほっとしたような笑みは? 嬉しそうな笑みは? 周囲に花でも咲いてそうな笑みは? きらきら効果絶対ついてますよねっていう笑みは?

 ……眩しい! さすが美少年! さすがレイ兄様!

 そして、どうして私を見て笑顔になるんですか!?


「……! ラナー!」


 レイ兄様はとても嬉しそうに近づいてきた。

 ……なんでだ? どうしてここにいるんだ? 滅多に帰ってこないんじゃなかったのか? おかしいな。

 そんなことを考えている間にも、レイ兄様は近づいてくる。

 そしてあろうことか私を抱きかかえた。よくそんな力がありますね……。あなた11歳ですよね。……それともそんなものなのか?

 はっ、現実逃避をしている場合ではない。流石にツッコミを入れなければ。

 妙に冷静な頭でレイ兄様にツッコむ。


「……レイ兄様、どうして私を抱っこしているんですか?」


 これはツッコミというより質問だな。

 レイ兄様……、表情が見えないです……。何考えてるのかが全くわからないですよ。

 ……1分ぐらい経ったよね? いい加減答えてほしいです。

 助けを求めてエディスとヴィクさんに視線をやると、二人もおどおどしているではないか。

 もしかして、誰もこの状況を把握できてなかったりするの?

 え? レイ兄様? ……なんで抱きしめてるんですかー!?

 半ばパニック状態になっていると、レイ兄様はそっと降ろしてくれた。


「……ごめん」

「……それは、何に対してですか?」


 なんだか責めている感じになってしまった。

 いや実際ちょっと怒ってるんだけどね。何の前触れもなく突然抱っこされたら誰でもこうなるはず。

 そしてその言葉の通り何に対して謝っているのかがわからない。

 うん、もやもやする。


「……突然ラナを抱っこしたことについて、です」

「そうなんですね。じゃあ、どうしてその行動をしたんですか?」

「……かったから。……ラナを見て安心したから、です」


 私を見て安心? ……理解しがたい。

 ……も、もしかして変な物でも食べたとか!? それでこんな言動になってるとか!?

 とりあえず、詳しく聞いてみよう。


「何か、あったんですか?」

「……あった。うん、本当に色々あった」


 レイ兄様は話し出した。の部分を。


 私たちが屋敷へ帰った後、学園では侵入者騒ぎが起こった。なぜか侵入者はピンポイントでレイ兄様を狙ってきたという。

 それに対して反撃をしたレイ兄様。侵入者はあっさりと倒され、捕まった。

 後の取り調べで侵入した動機が明らかとなる。

 それは、銀髪の少女を狙ったものだった。


 待てよ、ちょっと待て。

 レイ兄様が私を見て安心したことと今の話。どう考えても銀髪の少女って私のことじゃない!?

 ……まだ決まったわけじゃない。落ち着こう、私。


「——あの、ひとつ良いですか?」

「何かな?」

「銀髪の少女って、もしかして……?」

「そう、ラナのことだよ」


 ……本当に私だった!?

 あ、続きをどうぞです。


 侵入したのは良いが、狙いの少女はいない。ならば少女の兄を狙おう。

 それでレイ兄様が狙われたそうだ。

 どうしてレイ兄様が銀髪の少女の兄だと分かったのか。それは門番が主犯だったから。


 あの時の門番さんなのか!? それなら確かに兄だって知っているのも納得。ヴィクさんが名乗ったからね。

 ……それなら門番さんの嫌な視線は勘違いじゃなかったのか。


 まさか主犯が学園内にいるなんて!? と大騒ぎになったそう。急遽今日の授業が中止になり、これからの警備体制について議論が始まったとか。

 レイ兄様は、ラナが狙われていたなんて!? 心配! 不安! という心境のまま事情聴取を受けていたらしい。


「——ということがあった。それで、ラナを見て思わず抱っこしてしまった……。ごめん」

「……なんというか、お疲れ様です。それと、謝らなくて大丈夫ですよ。もう怒ってませんから」


 思った以上に色々あった。怒りの感情がどこかへ行くぐらいには。

 それにレイ兄様が取り乱した? のも納得かも。人間、キャパオーバーになったら何するか分からないもんね。


「ありがとう」

「いえいえ」


 ということはレイ兄様かなり疲れてるんだよね? 何か私にできることないかな?

 ……あ、ゆっくりしたい時にはやっぱりあれかな。


「エディス、お茶の準備をお願いしても良い?」

「……! かしこまりました」


 エディスはそういうことかと納得したように準備を始めた。


「レイ様、ラナ様、わしは旦那様方にご報告して参りますぞ」

「うん、いってらっしゃい」

「ヴィクさんいってらっしゃい」


 どうしよう。レイ兄様と何話せば良いのかな?

 助けを求めるようにエディスの方を見ると、ちょうどお茶の準備が終わった様子。

 ナイス! 早いね! ありがとう!


「レイ兄様! 一緒にお茶を飲みましょう!」

「ラナ……、ありがとう」

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