第12話 レイ視点:可愛い
約3週間前、俺は三日三晩熱を出して寝込んだ。……らしい。
どうして「らしい」なのかというと、その記憶が全くないから。
ただ、長い夢を見ていたのは覚えている。
寝込んでから4日目の朝、俺はレイ・ブライトに転生? していることに気づいた。
俺の前世の名前は
少なくとも、どこにでもいるごく普通の人はSNSで知り合った人と兄妹(のフリ)なんてやらない。俺はそう考えている。
ネットの妹の名前はなな。もちろんハンドルネームだ。ちなみに俺はゼロと名乗っていた。
直接会ったことはないが、ななはめちゃくちゃに可愛い。選ぶ言葉、声、雰囲気、どれを取っても最高に可愛い。
妹という存在に憧れがあり甘やかしたい願望がある俺、兄という存在に憧れがあり甘やかされたい願望があるなな。
見事に需要と供給が一致し、俺たちはネットの兄妹となった。
妹最高。なな最高。妹可愛い。なな可愛い。
なな関連でテンションが高まると俺の頭の中はこうなる。
時々心の中から飛び出して声に出ていることもあるけれど。
ある時、ななと寝落ち通話をした。
雑談をしながらうとうとしてきた頃、ふとこんなことを思いついたから言ってみる。
「……ふと思ったんだけどさ、異世界行って本当の兄妹になりたいよね」
「……そうだね。そしたら、毎日会える、ね」
その後すぐにななの寝息が聞こえてきた。
「……なな、おやすみ」
しばらく通話を繋いだままにして寝る前に切ろうと思っていたが、いつの間にか俺も眠ってしまっていた。
異世界行きたいよねの
だから、まさか本当に異世界に転生するとは思わなかった。
俺は11歳の美少年に転生していた。神法や神力など地球にはないものもあり、ポルアランド王国という聞いたことのない国もある。
うん、異世界だ。これは完全に異世界だ。
俺はとりあえず転生したことを隠すことにした。レイ・ブライトとしての記憶もあったので、案外なんとかなった。
そんなある日、実家の執事長、ヴィクターがやってきた。
今まで実家との関わりはほとんどなかったから何かあったのかと緊張していたが、その緊張は良い意味で裏切られることになる。
「え? 妹が僕に会いたいって言ってるの?」
「はい。妹君、ラナ様がレイ様に会いたいと言っておられます」
「そっか……」
え!? 俺妹いたの!? 初耳なんだけど!?
レイの記憶を探ってみても、「妹」という存在はなかなか出てこない。……あ、妹確かに居るかも。
会いたい……! ぜひとも会いたい……!
「……僕も会いたいな。3日後なら屋敷へ帰れそうだけど、どう?」
「……! ありがとうございます。ラナ様もお喜びになると思いますよ。3日後ですね。かしこまりました」
そうしてあっという間に妹と会う日はやってくる。
レイの記憶を更に深掘りすると、妹に関するいくつかの情報が出てきた。
妹の名前はラナ・ブライト。3ヶ月前に4歳となったらしい。
背中の真ん中あたりまであるストレートの銀髪で、アクアマリン色の瞳をしている。
「——レイ様、到着しましたよ」
「あ、うん。ありがとう」
まだ見ぬ妹について考えていると、いつの間にか実家に到着していた。
……広い。レイの記憶にあったイメージの数倍は広い。
まあ、それは置いておこう。
俺が屋敷のエントランスに入ったちょうどその時、銀髪の小さな女の子、妹が見える。そして目が合う。
可愛い……!
正直、かなり期待していたが、それを遥かに上回る可愛さで、俺は驚き固まってしまった。
妹も同じく固まっていたようだが、隣にいる侍女に声をかけられて動き出す。
目の前までやってきた妹は一言目にこんな言葉を選んだ。
「おかえりなさい……?」
え? めっちゃ可愛い。全てが可愛い。最高に可愛い。
しまった。妹が不安そうにこちらを見ている。俺は慌てて返事をした。
「……ただいま?」
妹はキリッとした真剣な表情になったり、考えるように眉を寄せたりした。表情の変化が可愛い。
「……あの、レイ兄様、お元気でしたか?」
んぐっと変な声が出そうになるのを我慢した俺、偉い。そんな風に考えるほど「レイ兄様」呼びの衝撃は強かった。
「……あ、うん。元気だよ」
当たり障りのないような返事になってしまった。
だがまだ挽回できるはず。
頑張って考えてくれたのであろうこの話題、俺は続ける努力をする。
「……ラナ、は元気だった?」
レイの記憶だと、妹のことを「ラナ」と呼んでいた。
これで合っているよね?
「は、はい! 元気……ではなかったですね」
「何かあったの?」
「そうですね。三日三晩程寝込み、記憶がなくなりました……」
ラナも寝込んだのか!? そして記憶がなくなった!? でも普通に生活はできている様子。
……もしかして、俺と同じく転生者だったりするのかな?
何はともあれ、心配だ。
「……! それは、大丈夫なの?」
「お、おそらく大丈夫です! 心配してくださりありがとうございます」
「それなら良かった」
大丈夫なら安心だ。ホッとしたら自然と笑みが浮かぶ。
すると突然ラナは胸に手を当て、俺から視線を逸らした。心なしか顔が赤くなっている。
「ラナ? 大丈夫?」
「ダ、ダイジョブデス」
「そう? それなら良いんだけど」
もしかして照れてる?
転生したことに気づいてから知ったけど、
めっっっっちゃ可愛い。本当に可愛い。
「……可愛い。可愛すぎる」
「え?」
あ、しまった。心の声が溢れてしまった。
こういうときは素直に謝ろう。
「……ごめん。心の声が出た。ラナが可愛すぎると思って」
「そ、そうなんですね?」
「うん。驚かせてごめんね」
「いえ、驚きはしましたけど、嬉しかったです。だから……、ありがとうございます!」
心の声を溢してお礼を言われてしまった。そういえば俺が心の声を溢した時、ななもありがとうと言ってくれてたっけ。
まさか、ラナがななだったりするのかな? 名前も似てるし。……これは関係ないか。
何にしろ、妹が、ラナが可愛すぎる。ちょっと俺の心が保ちそうにない。ラナ、ごめん。兄は一度逃げます。
「……! どういたしまして。……それじゃあ、そろそろ俺は学園に戻らないといけないから」
「はい。……あの、レイ兄様!」
去ろうとしたらラナから呼び止められた。……もしかして、俺って言ったからかな? 今までのレイはいつも僕だったから。
言ってしまったものは仕方がないか。これからは一人称を俺に統一しよう。俺の方がやりやすいし。
「屋敷に帰ってきてくださり、ありがとうございました! それと、いってらっしゃい!」
その言葉は俺の予想の斜め上をいった。すると、ラナは何かに緊張するように俯いてしまう。
……ラナには笑っていてほしいな。……これぐらいなら、大丈夫だよね?
柔らかそうな銀髪に優しく手を置く。
「こちらこそ会ってくれてありがとう。また今度帰ってくるね。いってきます!」
それは心から出た言葉だった。
ラナが、——なぜか使用人のみんなまで、ぼーっとしていたことを疑問に思いながら馬車へ乗り込んだ。
前世を思い出す前の俺よ、どうしてこんなにもったいないことをしていたんだ? 妹最高に可愛いぞ?
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