第11話 都合の良いこと

 この声はどう考えてもエディスではない。……レイ兄様の声だよね?

 確認の意味でレイ兄様を見てみると、「言っちゃった」と言わんばかりに手で口を塞いでいる。

 もしかして心の声がそのまま出ちゃったとか? そんなわけがないか。ゼロ兄ちゃんじゃないんだし。

 私は頭にはてなを浮かべ、レイ兄様は何かに驚き、エディスたちは混乱している。

 なんだこの状況。

 約1分続いた沈黙を破ったのはレイ兄様だった。


「……ごめん。心の声が出た。ラナが可愛すぎると思って」


 まさかの予想が当たった!?

 そして私のことだったのか!? まあ、この状況だったらそれはそうか?

 え? レイ兄様ってゼロ兄ちゃんじゃないよね? 発言の内容も、なんとなくだけど話し方も似てる気がするし。

 ……いや、そんな都合の良いことがあるわけないか。


「そ、そうなんですね?」

「うん。驚かせてごめんね」

「いえ、驚きはしましたけど、嬉しかったです。だから……、ありがとうございます!」


 そう、嬉しかったのは事実だ。

 肯定的な感情は積極的に伝える。七海として過ごしてきた時から意識していること。

 何事も言葉にしないと伝わらないもんね。まあ、伝わらないほうが、伝えないほうが良いこともあるけれど。


「……! どういたしまして。……それじゃあ、そろそろ俺は学園に戻らないといけないから」

「はい。……あの、レイ兄様!」


 去ろうとしているレイ兄様を呼び止める。

 感謝の気持ちとある言葉を伝えたいと思ったから。


「屋敷に帰ってきてくださり、ありがとうございました! それと、いってらっしゃい!」


 もう戻らないといけないなんて、もっとお話ししたかったな。でもわざわざ時間を作ってくれたんだ……。

 だから、せめてものわがままを言わせて欲しい。

 また帰ってきてくれると思えるように「いってらっしゃい」の言葉を。

 あぁ、また心臓ばくばくいってる。

 思わず俯くと、頭にぽんと手が乗せられた。


「こちらこそ会ってくれてありがとう。また今度帰ってくるね。いってきます!」


 レイ兄様はそう言ってエントランスから出て行く。

 その姿を見送った後も、私はしばらく放心状態になっていた。


 ……ねえ、ラナ。アマーリ先生から聞いたレイ兄様とはかなり印象が違うと思うんだけど、どう思う?


 ……そうだね。お兄様のあんな自信のある笑顔は見たことがないわ。いつも控えめな笑顔で、心から笑っているようには見えなかったもん。


 そうなんだ。アマーリ先生から聞いた優しくて繊細なレイ兄様っていう感じだったの?


 うん、それが一番近いと思う。それに、以前のお兄様なら会いに来てくれてすらない気がする。


 そうなのか……。


 今思えば、瞳の色もエメラルドグリーンというよりは、エメラルドグリーンにグレーが混ざったような落ち着いた色だった。

 話に聞いたレイ兄様とは印象も瞳の色も違うから、私みたいに転生してきたっていう可能性も捨てきれない。

 うーん、難しい。

 思考の世界から現実へ戻ると、使用人たちがなんだかざわざわとしていた。


「……ヴィクさん、どうしてみんなはざわざわとしているんですか?」


 近くに居たヴィクさんに聞くと、心なしか興奮した様子で教えてくれた。


「それはですね、いくつかの理由があります。一つはレイ様の雰囲気ががらりと変わられていたこと。一つは笑顔を見せてくださったこと。また一つはラナ様の頭を撫でられたことですぞ。皆、まるで人が変わったようなレイ様の変化に驚いております」

「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」


 やっぱり雰囲気は変わったんだ。しかもレイ兄様を以前からよく知っているはずのヴィクさんが言うほどに。

 レイ兄様も実は転生者説が濃厚になってきたぞ。

 ……あわよくばレイ兄様がゼロ兄ちゃんだったらいいなぁ。

 そんなことはあるはずがないのに、妄想するのがやめられない。もういっそのこと聞いてしまおうか?

 いや、それはだめだ。今、違うと断言されたら、きっと私の心は折れる。

 なんとか保たれている心のバランスは脆く儚く崩れやすいのだ。


「……しまった!」


 びっくりした……!

 ヴィクさんは突然大きな声を出した。珍しい。

 何か忘れていたことでもあったのだろうか?


「どうかしましたか?」

「驚かせてしまい、申し訳ございません。レイ様にお渡ししたいものがあったことを完全に失念しておりました。どうしても本日中にお渡ししなければならないものなのに……」


 だけどレイ兄様は学園に向かった後。なのでヴィクさんはそれを届けに学園へ向かうらしい。

 そういえば、屋敷の外ってどうなってるんだろう? 今までレイ兄様転生者説について悩んでいたことは、一瞬で新たな疑問に上書きされた。

 当たり前だけど、楽しいことを考えるほうが楽しいもんね!

 ……そうだ! ダメ元で聞いてみよう!


「……私も一緒に行って良いですか?」

「そうですね。……では、ご一緒に行きましょう。レイ様もきっと喜ばれます」


 思ったよりあっさりと許可が出て、聞いたこちらがびっくりしてしまった。




「——良いですか、ラナ様。屋敷の外では執事長の言うことをよく聞くんですよ。そしてお一人だけで行動するのは絶対にダメです。風邪など召されないよう温かくしてくださいね。この季節は夕方になるにつれ、だんだんと寒くなってきますから」

「うん、気をつけるね。ありがとう、エディス」


 エディスはとにかく心配な様子。

 実はラナ、今まで手で数えられる程度しか外出したことがないらしい。

 もしも私がエディスの立場なら確かに心配になるが、この調子だといつまで経っても出発できない。

 外出での注意事項の説明ももう3回目だ。


「エディス、程々にしなさい。ラナ様なら大丈夫ですよ」

「……はい。ラナ様、執事長、いってらっしゃいませ」

「うん、ありがとう! いってきます!」


 エディスは不服そうに言いながらも私たちを送り出してくれた。


 レイ兄様がいる学園へ荷物を届けにいざ、出発! 

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