第6話 お兄様!?

「え!? お兄様!? 私にお兄様が居るの!?」


 話はこの発言の数十分前に戻る。




 そういえば、私の家族って居るのかな?

 以前、エディスが「旦那様」と「奥様」という言葉を出していたから、居るには居るんだろうけど。

 熱を出して倒れても、記憶がなくなったと知っても、会いにくるわけでもなければ連絡があるわけでもない。

 ラナは両親に嫌われているのだろうか? ……悩んでも仕方がない。思い切ってエディスに聞いてみるか!


「ねえ、エディス」

「何でしょうか?」

「……お父様とお母様は私のことが嫌いなのかな?」


 エディスは目を見開き、驚いた。

 そういえば、いつの間にかエディスに対しては敬語がなくなっていたな。

 なんて思いながら返事を待つ。

 数分間同じ表情で固まっていたエディスは、真剣な顔つきになって話し出した。


「……ラナ様、念の為、そう思った理由をお聞かせ願えますでしょうか?」

「うん。だって、熱を出して記憶がなくなっても、一度も会いに来てくれないし、なんの連絡もないんだよ」


 少しだけの記憶に引っ張られている気がする。

 お父様とお母様にかまってもらいたくて、自分を見て欲しくて、でもどうしようもならなかったこの記憶。

 ぐるぐるとした黒い感情が心を支配しそうになる。


「……一度、旦那様と奥様にお会いになりませんか?」

「どうして? 嫌われているんじゃないの?」

「それは断じて違います。お嬢様と旦那様方はすれ違っているだけです。きちんとお話しすれば、きっと、いや、確実に愛されていると分かるはずです」


 エディスは力強く言った。不思議と大丈夫だと思えた。

 だけど、は怯えている。拒絶されるのを、嫌われていると実感するのを。実際、そんなことはないと思うが。それに嫌われているのなら衣食住を満足に与えたりしないんじゃないかなぁ。

 まだ心の整理がついていないようだ。


「……そっか。少し、考えてみるね」

「かしこまりました」


 私的には正直会ってみたいんだよなぁ。エディスがそう言うぐらいなら、きっと大丈夫だろうし。


 嫌だ! 怖い! お父様とお母様はラナのことなんか嫌いなんだ! ……ラナがあんなこと言っちゃったから。だから、嫌いになったんだ!


 ……あんなこと? それが何なのか私は分からないけど、きっと大丈夫だよ。……私が信じられないのなら、エディスを信じよう? も、エディスは信じられるでしょ?


 ……うん。エディスを信じる。それにナナミも信じる。お父様とお母様に会ってみたい。


 そっか。そうだね。信じてくれてありがとう。


 ラナの心は決まった。

 よし、言おう。少しだけ勇気を出して。


「……エディス」

「はい」

「私、お父様とお母様に会ってみたい」

「……! はい! 調整致しますね。数週間ほどかかるかもしれませんが、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」


 エディスは嬉しそうに笑った。つられて私も笑顔になる。

 ちなみに、お父様とお母様って今どこで何してるんだろう? やっぱり仕事かなぁ?

 これも聞いてみるか。


「……お父様とお母様は今何をしているのかな?」

「そうですね……。旦那様は王城でお仕事、奥様は別荘でブライト公爵領の仕事をしていらっしゃると思いますよ」

「そうなんだ」

「そして、ラナ様のお兄様、レイ様は王立学園初等部の寮で生活しておられます」


 今、さらっと衝撃が強過ぎることを言われたような……?

 ね、念の為もう一度聞いてみよう。


「エディス、今、なんて言った?」

「レイ様は王立学園初等部の寮で生活しておられます」

「その前、なんて言った?」

「ラナ様のお兄様、と言いました」


 怪訝な顔をしながらも、エディスは答えてくれた。

 聞き間違いじゃない!?

 そう思いながらエディスの言葉を反芻する。

 ……ラナ様の、お兄様。ラナ、つまり私の、お兄様。


 ここで冒頭に戻る。


「え!? お兄様!? 私にお兄様が居るの!?」

「は、はい。いらっしゃいますよ。ラナ様とは7つ離れているレイ様が」


 嘘でしょ!? リアル兄いるの!? こんなことなら早く聞いておけば良かった……!

 どうしてこんなにも取り乱しているのかというと、私が兄という存在に憧れているからだ。

 七海として暮らしていた時に何度妄想したことか! 優しいお兄ちゃんを! 素敵なお兄ちゃんを!

 まさかSNSで妹に憧れている人と知り合い、ネットでの妹として関わるとは思わなかったけど。人生、願えば(一部)叶うこともあるんだなぁと実感した出来事だった。

 そして今のこの状況! リアルで、現実で、会えるところに兄がいる……! テンションが上がらない方がおかしい! いや、おかしいは言い過ぎか? ……そうだ!

 テンションが上がらない方がおかしい! これが一番合っている表現な気がする。

 ……うん、私、一旦落ち着こう。


「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ」


 姿勢を正し、大きく深呼吸をする。

 エディスが私を心配するように見ているが、この際気にしない。……ごめんね。

 兄、……ここはレイ兄様と呼ぼう。

 レイ兄様は王立学園初等部の寮で生活しているんだよね? もしかして、レイ兄様こそ私のことを嫌ってるのかな?


 それは違うと思うよ。お兄様とは嫌われるほど関わったことがないもの。


 そうなの!?


 うん、そうだよ。どうしても出席しないといけない催し以外には全然参加してなかったし、ラナとの関わりもそれ以外ではなかったから。


 そ、そっか。それだと、そもそも会ってくれるかどうかすら分からないなぁ……。


 元気出して。それに、お父様とお母様に会おうって言ってくれたのはナナミでしょ? ラナも勇気を出したんだから、ナナミも勇気を出して。きっと大丈夫だから。


 ……! そうだね! ありがとう。


 確かに、レイ兄様に会おうとしなければ会えることもない。ダメ元でもやらないよりましか!


「エディス! 私、レイ兄様にも会ってみたい!」

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