第5話 仲良くなろう大作戦!

 コンコンコン


「失礼するよ」


 そう言って私の部屋に入ってきたのはアマーリ先生。

 初めて診てもらった日から、先生は数日ごとに部屋に来てくれるようになった。そして私の話し相手になってくれている。


「ラナ様、今日はおみやげを持ってきたよ」


 アマーリ先生は左手で持っているバスケットを掲げて見せた。ファンタジーの漫画やアニメに出てきて、サンドイッチやスコーンが入っていそうなバスケット。

 まあ、実際ここファンタジーな世界なんだけどね。

 そしてなんだか甘い香りがする。


「やった! どんなおみやげなんですか?」

「こんなおみやげだ」


 そう言い、先生はバスケットに被せていた布を取る。そこにはたくさんのスコーンといくつかの瓶が入っていた。

 予想が当たった!


「わぁー! 美味しそうなスコーンですね! ちなみにこの瓶たちは何ですか?」

「この瓶たちにはジャムが入っているんだ。ストロベリージャム、マーマレードジャム、ブルーベリージャム。そして僕が一番おすすめしたいのはこれ、いちじくジャムさ!」


 果物の名前とかお菓子の名前とか、地球と同じなのはとても助かる。

 いちじくか……! いちじくは私の好物の一つだから、かなり嬉しい!

 この世界にもいちじくがあってよかった。


「いちじくですか!! ちなみに、いちじくってよく穫れるものなんですか?」

「少なくともこのブライト公爵領では穫れないはずだよ。知り合いがどこからかいちじくジャムを手に入れたらしくてね、僕にも分けてくれたんだ」


 アマーリ先生とその知り合いさん、良いものをありがとうございます!

 話している間にいつの間にかテーブルと椅子のセッティングがされていた。エディスの方を見ると頷いている。そういうことらしい。後でお礼を言おう。

 椅子に着き、アマーリ先生とのお茶会は始まった。


「アマーリ先生は甘いものがお好きなんですか?」

「ああ、大好きさ! 毎食甘いものでも良いと思うぐらいにはね。流石にやらないけど」

「そうなんですね! 私も甘いもの、大好きです! 特に果物を使ったものが……!」

「そうかそうか! 僕もね、果物を使ったものが好きなんだ。だからいちじくジャムを分けてもらったときにはかなりはしゃいだよ。知り合いに『お前、何してるんだ?』って冷たい目で見られるぐらいにはね」


 そんなことを話しながらスコーンとジャムを食べる。どのジャムも美味しいが、いちじくジャムは格別に美味しかった。

 味わって食べていると、アマーリ先生はところで、と話題を変える。


「ラナ様は熱が下がった後、この区域から一度でも出たかい?」

「いいえ」


 熱が下がってからもう一週間は経っている。だが、この区域からは出たことがない。

 私のこの区域には3つの部屋がある。お風呂やトイレの部屋、リビング的な部屋、寝室だ。

 生活するのには事足りるから、この区域から出る理由がなかった。


「そうか……。では、僕と今から屋敷を散歩しないかい?」


 屋敷を散歩!? この屋敷ってそんなに広いんだ……! 流石公爵家。

 ずっと部屋に引きこもっているのはちょっと飽きたし、貴族の屋敷がどんな感じなのか見てみたいな。

 そう考えたなら、返事はもちろん「行きます」だ。




「ルールは理解した?」

「はい! 話しかける前にアマーリ先生に確認する、礼節を重んじる、一人でどこかへ行かない、そして何より楽しむ! です!」

「うん、よく理解できている。さあ、行こうか」


 屋敷を散歩しようという話をしていて、私は思い出したのだ。「そういえば、この屋敷のことも屋敷で働いている人のことも知らない……」と。

 それをアマーリ先生に伝えたら「屋敷のみんなと仲良くなろう大作戦!」を提案してくれた。

 その名の通り、屋敷のみんなと仲良くなり、ついでに屋敷についても知ることができるという作戦だ。ちなみに私はこのネーミングを気に入っている。特にという部分が。


「屋敷のみんなと仲良くなろう大作戦! 決行ですね!」

「ははっ、そうだね」


 アマーリ先生と仲良く手を繋ぎ、部屋の外へ出た。後ろからエディスも付いて来てくれている。

 階段を使って1階に降りて来ると、あちらこちらで侍女さんや執事さんが仕事をしていた。

 私はその中の洗濯物を運んでいる侍女さんに目を付けた。アマーリ先生に確認をとると、OKとのこと。緊張しながらもその侍女さんに話しかけた。


「あの、お仕事中すみません」

「はい。……あら?」


 私に気づいた侍女さんは、持っていた洗濯籠を下ろし、目線を合わせてくれた。

 侍女さん、ありがとう。話しやすいです。


「こんにちは。私はラナ・ブライトといいます。あなたのお名前を聞いても良いですか?」


 侍女さんはポカンとした後、焦ったように頭を下げた。


「……お、お嬢様!? し、失礼致しました! わたしは、ジェシカ・ブラウンと申します!」

「ありがとうございます! ……えっと、頭を上げてください」

「はっはい! ありがとうございます!」


 目があったと思ったら、ジェシカさんはポッと顔を赤く染めた。

 え? 何?

 なぜか後ろでエディスとアマーリ先生が頷いている。

 どういうことだ? はっ、もしかして私の見た目のせい、なんてことはないよね?

 自分を指差して後ろの二人とアイコンタクトをとると、頷かれてしまった。……そういうことらしい。

 とりあえず、ジェシカさんに話しかける。


「……あの、ジェシカさん。大丈夫ですか?」

「……はっはい! 大丈夫です!」

「それならよかったです。お仕事頑張ってくださいね!」

「……ありがとう、ございます」


 満面の笑みで応援したら、ジェシカさんは胸に手を当て、感動したようにそう言った。

 私はその後も色々な人に話しかけ、応援をするということを繰り返す。


 屋敷をぐるりと一周し、部屋に戻ってくる頃には、真上にあったはずの日も沈もうとしていた。そして私はくたくたに疲れていた。

 疲れたけど、なんだか楽しかったなぁ。屋敷のみんなとも仲良くなれたと思うし、屋敷の構造についてもなんとなく知れた。


「疲れていそうだけど、大丈夫かい?」

「確かに疲れましたけど、楽しかったので大丈夫です! ありがとうございました!」

「そうか。それは良かったよ」




 この「屋敷のみんなと仲良くなろう大作戦!」でラナを慕う者が一気に増えたのはまた別のお話。

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