第4話 診察

「——身体的には全く問題はない。だが、記憶と瞳の色は本人が起きない限りは……」


 何を話しているんだろう?

 声が聞こえる。まだ夢の中に居たいけど、そろそろ起きなきゃかな?

 ゆっくりとまぶたを開けてみると、天蓋越しに3つの人影が見えた。

 のそのそとベッドを降り、起きたことを知らせる。


「ラナ様、おはようございます」

「おはようございます……?」


 かっこいいメイドさんに挨拶を返し、他の二人をじっと見る。

 一人はグレーの髪をオールバックにし、同じ色の瞳をした優しそうな執事さん。

 もう一人は、白茶色の髪を後ろで結んでいる琥珀色のツリ目の女性? ……おそらく女性だ。白衣を着ているからお医者さんか何かだろう。


「おはようございます。ラナ様。わしはブライト公爵家の執事長を任されております。ヴィクター・グレイと申します。ヴィクとお呼びください。よろしくお願い致しますね」


 ヴィクさんは屈んで、私の目線に合わせて自己紹介をしてくれた。笑顔が優しいタイプのイケオジだ……!


「はい! ヴィクさん、よろしくお願いします!」


 満面の笑顔でそう言うと、なぜか3人とも驚いていた。

 目を見開いて分かりやすいほどに驚くポイントあったかな?

 次に白衣の女性? が屈んで自己紹介をしてくれる。


「はじめまして、ラナ様。僕はアマーリ・シャノン。ブライト公爵家で医者をしています。アマーリとお呼びください。よろしくお願いしますね」

「アマーリ先生、はじめまして! こちらこそよろしくお願いします! ……あの」

「何でしょうか?」

「大変失礼なこととは思うのですが、……女性ですか? 男性ですか?」


 その場にいる全員が一気に固まった気がした。

 だって! 女性か男性か聞いていた方が後々お互いに困らないかなぁって思ったんだもん!

 ……ごめんなさい。言い訳しました。

 この空気感、どうしよう?


「……あっははは! ラナ様なかなか面白いこと聞くねぇ!」


 アマーリ先生の雰囲気が変わった……!

 なんだかこっちの方が接しやすいな。引かれていた線を飛び越えてきてくれた感じがする。

 でも、声に出して笑うほど面白いこと言ったかな? 言ってないと思うけどね。むしろ怒ってもおかしくないようなこと言った気がする……。


「あはは! ふは、はぁ、ごめんね。申し訳なさそうにそれを聞かれたのは初めてでね。つい笑ってしまった。その答えだけど、僕は女性だよ」

「答えてくださりありがとうございます……?」

「本当に記憶がないんだねぇ。ところで、エディスは自己紹介したのかい?」

「はっ! 私としたことが! 改めまして、自己紹介させていただきます」


 アマーリ先生は女性、予想が当たってよかった。

 本当に記憶がないとはどういうことなんだろう?

 エディスと呼ばれたかっこいいメイドさんは屈んで、自己紹介を始めた。


「改めまして、エディス・ベイリーと申します。ブライト公爵家の侍女を務めさせていただいております。エディスと、どうぞお呼びください。基本的にラナ様のお側に控えておりますので、よろしくお願い致します」


 呼び捨てでを2回言った。しかも強調してたような気がする。

 そして、メイドさんじゃなくて侍女さんだった。正直、違いはよく分からないけど。

 そういえば、寝込んでいる時に汗を拭いたり手を握っていたりしてくれた人が居たなぁ。それはエディスだったのか。

 感謝を伝えねば……!


「エディス、こちらこそよろしくお願いします! そしてありがとうございます!」

「私は何かありがとうと言われるようなことを致しましたか?」

「寝込んでいるときに色々としてくれてありがとうございました! 特に手を握ってくれていたのが嬉しかったです!」

「ラナ様……! 侍女として当然のことをしたまでです」


 エディスは嬉しそうにそう言った。

 熱による悪夢の中、左手に感じる温もりが私を安心させたことをふと思い出した。もしかしたらそのおかげでエディスを信じられると思ったのかもしれない。


「さて、そろそろ診察をしようか。ラナ様、ベッドに座ってね」

「はーい」


 エディスに手伝ってもらってベッドに座る。

 アマーリ先生の診察が始まった。




「——自分の名前以外はほとんど何も覚えてないんだね?」

「そういうことなんだと思います」


 自分の名前や家族構成、はたまたこの世界の名前まで、たくさんの質問をされた。もちろん、答えたくないものは答えなくて良いし、分からないものは分からないと言って良いから、と。


「そうか。まあ、記憶については経過観察で良いだろう。知りたいことがあればエディスやヴィクさん、僕に聞いてくれ。答えられる範囲で答えるからな」

「はい、ありがとうございます」


 知りたいことはパッと出てくるだけでも5つはある。後で聞いてみよう。


「次に瞳の色についてだが、……ラナ様、何かおかしく見えるとかはない?」

「……特にないと思いますよ? 瞳の色が何かおかしいんですか?」

「エディスが気づいたことなんだが、熱を出す前と比べて瞳の色がグレーよりになっているんだ」


 そうなのか?

 あ、だからエディスは顎クイをしたのか! 瞳の色を見るために。

 もしかして、七海の記憶を思い出したから? 七海の瞳はダークグレーだったから。

 別に瞳の色によって何か害があるわけじゃなさそうだから良いんだけどなぁ。まあでも、心配になる気持ちは分かるかもしれない。仮に、ある日突然母の瞳の色が変わりましたってなったら心配になる。


「そうなんですね」

「……念の為、神力しんりょくを使って見てみるか。ラナ様、ちょっと失礼するね」


 アマーリ先生は私の瞼に掌を被せ、何かを呟いた。するとじんわりと温かいものが触れているところから入ってくる。

 優しくて温かくてきらきらとした、春の日差しのような何か。

 しばらくそうしていると、アマーリ先生の手は離れていった。


「……あの、今のは?」

「ああ、すまないね。説明不足だった。今のは神力を使った『探る』という神法しんほうだよ。ラナ様の瞳を探ったんだ」


 ああ、ここ異世界だ。

 やっぱり地球じゃない。薄々そんな気はしていたが、今ので確信に変わった。

 おそらく、神力は俗に言う魔力のようなもので、神法は魔法のようなものなのだろう。本で読んだ話だけどね。

 ……うん、大丈夫だ。私は世界にひとりじゃない。エディスもヴィクさんもアマーリ先生もいる。

 笑おう、楽しもう。この世界で生きていくんだ。


「奇跡を起こす力、それが神力さ。ラナ様も成人したら使えるようになるんじゃないかな? まあそれは置いておいて、探った結果だけど、特に異常は見つからなかった。これも経過観察だね。さて、何か聞いておきたいことなどあるかい?」

「うーん、今のところは大丈夫だと思います!」

「そうか。それじゃあまた来るね。ラナ様、失礼いたします」

「はい! ありがとうございました!」


 アマーリ先生は最後に仰々しくお辞儀をして去って行った。

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