第3話 メイドさん
ラナ・ブライトが佳月七海の記憶を思い出してから4日目の朝。
ようやくすっきりとした目覚めを迎えることができた。
外からは鳥の声が聞こえてくる。ベッドを降り窓の外を見ると、清々しい青空が広がっていた。
そして端がどこなのか分からないような庭もあった。
広すぎる……。これが公爵家の力なのか……。
ラナが七海の記憶を思い出したというよりも、七海がラナの身体に入ってきたと言うほうが合っているのでは? なんて考えながら、ぽつりと呟く。
「本当に転生しちゃったんだなぁ」
夢? の中でラナと話し、現実という暗闇に落とされてから、ひたすら熱と闘っていたわけだが、……あの夢? の時に色々と詳しく聞いておくべきだったー!!
例えば、ラナの家族構成とか、ラナに関わる人物についてとか、ブライト公爵家についてとか、ポル……なんとか王国についてとか、この世界についてとか、そもそもあの夢? は何だったのかとか……!
おかしなテンションになってて全然聞けなかったー!!
……まあ、今更後悔したって遅いんだけど。
コンコンコン
「失礼致します」
そう言って入ってきたのは、ボブぐらいの赤髪で翡翠のような瞳をしたメイドさんだった。
この人、めちゃくちゃかっこいい。深緑と白を基調としたメイド服が「どうしてこんなに似合うの!?」というほどに似合っている。かっこいい女性だ……!
そのメイドさんはこちらを向いて驚いた表情で固まっている。
「……あの?」
「……はっ! 申し訳ございません。ラナ様のお姿に見惚れておりました。おはようございます。お身体の方は大丈夫ですか?」
うん? 今、さらっとすごい発言が聞こえたような? ……気のせいだよね? うん、気のせいということにしておこう。
身体ね。身体は……。
少し歩いてみたり、跳んでみたりしたが、何も問題はなさそうだ。「可愛い……!」という発言が聞こえた気がしたが、これもきっと気のせい。
「おはようございます! 身体は大丈夫ですよ」
「……! それは良うございました。ですが、念の為お医者様に診ていただきましょう。……ラナ様」
「な、何ですか?」
突然近づかれ、真剣な眼差しでじっと見られる。
も、もしかして私がラナじゃないってバレた? バレたとして、どうすることもできないが。
それを抜きにしても緊張する。
「失礼致します」
「……え?」
かっこいいメイドさんは私の顎をクイッとした。いわゆる顎クイである。
え? え? え!? 今のこの状況って……!? 顎クイ!? かっこいい女性からの、顎クイ!? 絶対様になってるでしょ!? 第三者視点で見たかった!
この状況に心の外で叫ばなかった私を褒めて欲しい。……心の中は良いんだ。もうどうしようもない。
メイドさんの瞳に私のぽかんとした表情が映っている。
「……失礼致しました。それでは朝の準備を致しますね」
「……あ、はい」
とても長い時間そうしていた気がするが、実際は数十秒ぐらいなんだろうなぁ。
それにしても、どうしてメイドさんは顎クイをしたんだろう?
進められるがままに顔を洗い、軽く髪をとかしてもらう。
「病み上がりですし、本日は楽な服装に致しましょう。どちらがよろしいですか?」
メイドさんが示してくれたのは、上品な水色の生地にブルーのレースが可愛いワンピース、大人っぽいブルーグレーの生地に白の糸で花の刺繍がされているワンピースだ。
どちらも私の好みど真ん中だ。
かなり迷うが、今の気分だったら水色のワンピースかな。
「こちらのものでお願いします」
「はい、かしこまりました」
メイドさんは笑顔でそう言った。
着替えを手伝ってもらうのに抵抗感があると思いきや、全くそんなことはなく、少し驚いた。
これもラナの記憶があるからなのかな? まあ、ラナとしての記憶を思い出せるわけじゃないけど。もしかしたら身体が覚えていたのかもしれない。
「御髪はどうなさいますか?」
「……整えるだけでも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。では、整えさせていただきますね」
さらさらと髪をとかす音が聞こえる。時々聞こえる小鳥の
朝ってこんなに静かなんだなぁ。
そんな心地良さに身を委ねる。
ここ数日、心穏やかになる余裕がなかった。何かを考えなければいけないわけでもなく、何かに追われるわけでもない。そんな時間がなかった。
……あ、だめだ。考えないようにしていたことが溢れてくる。
ここどこ? 母は? 父は? ゼロ兄ちゃんとももう話せないのかな?
帰りたい。知らない世界にひとりでいるのはこわい。
私はどうすれば良いの?
「ぅう、……ひっく、ぅ」
一度出てきた感情は、涙となり溢れ出る。
全然止まらなくて。どうしようもないほどに泣きたくて。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
「……! ラナ様、失礼致します」
メイドさんは泣きじゃくる私を優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですよ。……何か話したいことがあるのならばお話ししてください。私が最後まで責任を持ってお聴きします」
背中をぽんぽんとしてくれている。
それが温かくて、また涙が溢れてくる。
名前も知らないメイドさんに話して良いのだろうか? でも、この人は信じられる。ほんの数十分しか関わったことがないけれどそう思った。
流石に全て話すことはできないけど、ラナとしての記憶がほとんどないことぐらいは、話して良いよね?
「ひっく、あ、あり、がと、うぅ、ごじゃい、ます。……じ、実は——」
私はしゃくりあげながらも、記憶がなくて世界にひとりぼっちのようでこわいと思っていることを話した。
メイドさんは真剣に最後まで話を聴いてくれた。
「——話してくださり、ありがとうございます。ラナ様の記憶がないことについて、旦那様と奥様、そしてお医者様と執事長にお話ししてもよろしいですか? これから生活していくにあたってとても重要なことだと思うので」
「ぅ、はい、だいじょ、ぶです」
たくさん泣いて疲れた。だけど、話せてよかったな。私一人で抱えるものにしては少し重かったから。
安心したら眠くなってきた。ずるずると睡魔がやってくる。
「ラナ様、お水を飲みましょう」
「……はい」
口元にあてられた器から水が流れてくる。
それをごくりごくりと飲むと、不足していたものが少しだけ補えた気がした。
メイドさんはもうほとんど寝ている私の身体を抱き上げてそっとベッドに降ろす。
私はすやすやと眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます